小さな粒 体内で役目  がん早期発見など活用へ

小さな粒 体内で役目  がん早期発見など活用へ

人間の体は37兆個という膨大な数の細胞でできている。
体の中には細胞より小さい粒がたくさんあり、重要な役割を果たしていることが分かってきた。
細胞同士がこの粒を使って連絡を取り合っているようだ。
その働きを邪魔したり逆手に取ったりすれば、病気の早期発見や治療に役立つ可能性も出てきた。
微小な粒の正体とは・・・。

体内の小さな粒は「小胞」と呼ばれ、数百ナノ(ナノは10億分の1)メートルの大きさが多い。
赤血球の大きさが7~8マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルなので、10分の1ほどになる。
粒は細胞が生きるのに必要な物質を取り込んだり、不要な物を排出したりする際に使われると考えられてきた。
詳しい役割や仕組みはあまり分かっておらず、多くの科学者が突き止めようと研究が活発になっている。

岡山大学の江口傑徳助教と博士課程の藤原敏史氏らは、がん細胞が抗がん剤の攻撃に耐えて生き延びている理由を突き止め、成果をこのほど専門誌に発表した。
小さな粒を巧みに使っていた。
江口助教らは口や舌にできる頭頸部がんと治療に使う抗体医薬「セツキシマブ」に着目した。
この薬はがん細胞の表面にたくさんできる「EGFR」というたんぱく質を狙い撃ちにする。
がん細胞を培養皿で増やし薬も加える。
培養液に含まれている小胞を取り出して電子顕微鏡などで観察、たんぱく質などを分析した。
その結果、小胞はがん細胞の表面の膜と同じ材料でできており、EGFRを大量に含んでいたことが判明した。がん細胞はいったん表面に取り付いた薬をEGFRとともに切り離し、本体を守っていたわけだ。
がん細胞が小胞を使って薬から逃れているという仮説はあった。
効果が高く副作用が少ないと期待されている抗体医薬で初めてそれを示した。
江口助教は「同じことが他のがんでも起きていれば、抗体医薬の効果を下げる要因になる」と解説する。
がん細胞が薬への耐性をもたないようにする新たな仕組みを考える必要が出てくる。

直径50~200ナノメートルの「エクソソーム」も小さな粒の仲間だ。
東京医科大学の落谷孝広教授は、がん細胞が放出するエクソソームに注目する。
この中に含まれるマイクロRNA(リボ核酸)を目印にして、がんを早期に発見できないかと研究中だ。
健康な細胞よりがん細胞の方がエクソソームを大量に放出する。
がんに栄養を届ける血管を作ったりがんを攻撃する免疫細胞の働きを邪魔したりする情報伝達物質を中に封じ込め、転移や増殖する場所を探している。
この現象を素早くとらえて早期の発見や治療に結びつけるねらいだ。
初期のがんを高い精度で見つけられると期待を寄せる。

落谷教授は国立がん研究センター研究所と協力し、がん細胞が放出したエクソソームを抗体で捕らえる技術を開発した。
粒の表面に出現した2種類のたんぱく質に抗体が付く。
ヒトの乳がんを移植したマウスでこの抗体の効果を調べると、抗体を使わない場合に比べ転移を半分以下に抑えられた。
標的のたんぱく質を増やし、5~10年後に実用化したい、と言う。

小胞にはこのほか、役目を終えた細胞が自動的に死んで壊れた後にできる「アポトーシス小体」や、たんぱく質核酸などの物質を運び細胞間の情報伝達を担う「微小胞」などがある。
大きさや機能などがはっきり決まったわけではなく研究は発展の途上だ。
それを支える技術革新も色々と起きている。

一例は細胞表面で小さな粒を作る様子を観察する手法の開発だ。
京都大学の吉村成弘准教授らはオリンパスなどと協力し、細胞を生きたまま観察できる特殊な顕微鏡を作った。
直径1マイクロメートル、長さ100ナノメートルの円すい形の針を、細胞表面に押しつけて詳しい形を探る。サルの細胞で直径200ナノメートルの穴が開いて数十秒で消える「エンドサイトーシス」と呼ぶ現象を連続的に観察した。
膜が陥没して袋状になり、やがて膜から離れて細胞内に粒ができたとみている。
小さな粒の働きから生命現象を捉え直す視点は、少しずつ認識され始めた。
ホルモンの放出や取り込み、神経細胞の信号伝達の仕組みなど重要な機能と切り離せない。
認知症や免疫に関わる病気の原因解明や治療法の開発の手掛かりになる可能性もある。
高齢化が進む日本社会ではがんや認知症の患者を救済し、発症を抑えていくことが重要な課題だ。
小さな粒の研究を通じて、解決のアイデアが生まれるかもしれない。

細胞同士で情報伝達 
脂質という分子の膜でできた、体の中にある小さな粒の総称だ。
細胞の外側にある「細胞外小胞」と内部にある「細胎内小胞」の2種類がある。
たんぱく質核酸、脂質、糖分など様々な物質を内部に含んでいる。
細胞からの分子の分泌や、細胞同士の間での情報伝達などで重要な役割を果たす。
 
細胞外小胞はエクソソームや微小胞、基質小胞やアポトーシス小体などに分類される。
エクソソームは特にがんの早期発見や治療の手掛かりとして注目を集めている。
 
細胞内小胞にも様々なタイプがある。
細胞内や細胞の外へ物質を運ぶ機能を担っているほか、細胞外から取り込んだ物質を分解する酵素をもつものもある。

参考・引用一部改変
日本経済新聞・朝刊 2018.10.28

参考
役割多彩、体内には小さな粒がいっぱい
https://wsnoopy.wixsite.com/mysite/blog/体内の小さな粒