妊産婦 薬の選択肢広がる

妊産婦 薬の選択肢広がる 免疫抑制剤3種、妊婦の禁忌から除外 国の研究機関で初

妊婦や授乳中の女性が病気になっても安心して薬で治療できる環境が広がりつつある。
これまで妊婦が飲んではいけない「禁忌」とされてきた3種類の免疫抑制剤が、一定の安全性を確認できたとして、医師の判断があれば使えるようになった。
精神疾患を抱える妊産婦が飲める薬を処方する医師も増えてきている。
「妊産婦は薬はダメなのでは」と思いがちだが、使用できる薬は意外とあるので、まずは医師と相談して自分に合った治療法を探そう。

「ずっと不安だったけれど、薬を安心して飲み続けられ、無事に子供を産めて本当に良かった」。
Aさん(31)は2018年12月に生まれた男児を抱きあやしながら、穏やかな表情を浮かべた。
Aさんには体を守る免疫が過剰に働いて起こる自己免疫疾患「全身性エリテマトーデス(SLE)」の持病がある。
治療薬「タクロリムス」を服用しながら妊娠、出産した。
産後も薬を飲みながら母乳で子供を育てている。
26歳のときに発症。
嘔吐や下痢、食欲不振などで日常生活を送ることも難しくなった。
当初はステロイド剤を内服したが、医師の勧めでタクロリムスを毎日欠かさず飲むようになり症状は安定した。

子への影響配慮
結婚し妊娠を考え始めると、タクロリムスを飲み続けるかどうか迷った。
薬の添付文書では、投与を禁止する対象に「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」とされていた。
体調の良さは薬のおかげと感じながらも「赤ちゃんに影響があるなら薬を減らすか、やめなければ」と悩んだ。
たどり着いたのが、「妊娠と薬情報センター」(東京)だった。
Aさんが同センター長に相談すると、タクロリムスの胎児への影響は小さいとの検証結果を知らされ、「胎児への影響より母体の安定を優先して薬を飲む方が大切」との言葉を受けた。
さらに安心材料が続いた。

厚生労働省は18年6月、タクロリムスと「アザチオプリン」「シクロスポリン」という3種の免疫抑制剤について、それまで禁忌としていた妊婦への投与を認めることを決めた。
通常、妊娠や授乳中の女性に薬が使えるかどうかは臨床試験(治験)のデータが乏しく確認が難しい。
そのため製薬会社は多くの薬を禁忌としており、持病がある女性が出産をあきらめるなどのケースもある。
タクロリムスなどは使用実績に基づき一定の安全性が確認されたが、解禁の判断には妊娠と薬情報センターの研究が反映された。

同センターは国が2005年に国立成育医療研究センター内に設置し、妊娠中に薬を使うことの女性の不安解消に役立つ情報の収集や、発信に取り組んでいる。
国内外の論文や薬の使用結果の情報を集めて安全性を確認し、全国の拠点病院を通じて寄せられる年間約1千件の相談のデータベース化も手がける。
今回の3剤の解禁に貢献したのはセンター設置以来、初めてだった。
同センター長は「医師が妊産婦への投薬のリスクにとらわれ、添付文書に縛られている」と指摘する。
「母子へのメリットが危険性を上回る場合は、安全を担保したうえで薬を使ってほしい。妊娠や出産をあきらめる女性を減らしたい」

精神疾患でも悩み
精神疾患に関しても妊産婦の多くが薬の服用につい思い悩んでいる。
胎児などへの影響を避けようと妊産婦への向精神薬の処方をためらう医師が多いが、向精神薬睡眠薬を飲む方が利点が大きい場合もある。
「薬がなければ産後うつは決して改善しなかった」。
30代女性は4年前に第1子を出産後、うつ状態になった。
精神科医に「授乳を続けるなら薬は出せない」と言われ、症状は悪化。「死にたい」との考えが頭から離れなくなり、自殺未遂を起こした。
別の精神科で産後うつと診断された。抗うつ剤抗不安剤を飲み、症状が劇的に改善した。
女性は「一番大切なのは母親が心身ともに健康で笑顔でいること。母親の病気を治すことを優先してほしい」と話す。

精神疾患を初めて発症する人の多くは15~45歳と、妊娠可能年齢に重なる。
この十数年で向精神薬に伴う性機能障害などの副作用が弱まったことや精神的ケアの向上により、精神疾患のある女性の妊娠率は高まっている。
産前や産後に発症する重度のうつ病は自殺の引き金になり得るほか、子どもへのケアができずに発育不良を招くこともある。
そのため、母親の精神状態や周囲のサポート体制に合わせて個別に治療戦略を工夫する必要がある。

薬服用 日本は抵抗感強く 医師、訴訟リスク意識
日本は海外に比べると、妊産婦が薬を飲むことへの抵抗感が根強い。
日本と米国で使われている403種類の薬を調査した結果では、日本で妊産婦向けに禁忌となっていたのは102種類。米国は18種類にとどまる。
 
海外では妊娠女性が普通に使っている薬を、日本では使えないという状況は大問題だ。
薬で健康を維持して元気な赤ちゃんを産める環境を日本でも整えるべきだ。
 
医療関係者には「添付文書通りに処方しないと医療事故が起きたときに訴訟で負ける」とのリスク意識も根深い。
添付文書には禁忌とされていても、診療ガイドラインでは使用が推奨されている薬もある。
解釈が割れて医師が混乱しているのが実情だ。
 
そもそも薬による胎児への影響は非常に低いという。
一般的に、流産の自然発生率は約15%で、先天異常の自然発生率は3%前後。
先天異常のうち、薬が原因とみられる比率は1%程度という。

参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2019.2.18