肺がん 進む個別化医療

肺がん、進む個別化医療 遺伝子の変異調べ、適切な薬選定

効果的にがんの薬物治療をするため、患者の遺伝子の変異をあらかじめ調べて、その人にあった薬を選ぶ「個別化医療」が進んでいる。
特に肺がんでは変異した遺伝子の働きを抑える分子標的治療薬が相次いで開発されている。
変異の有無や種類をいかに早く、正確に診断するかが課題だ。

大阪府に住む女性(69)は約5年前、背中の痛みを訴えて近くの病院を受診。
その後、別の病院で検査を受け、右肺の非小細胞肺がんと診断された。
胸水からもがん細胞が見つかり、手術ができない「ステージ4」の状態だった。
 
治療薬を決めるため、遺伝子検査を受けた。
当時、肺がんの増殖に関係する、変異した遺伝子の働きを抑える分子標的薬は、EGFRとALKという二つの遺伝子変異だけだった。
だが、検査でともに変異はなく女性には分子標的薬は使えなかった。
 
女性は従来の抗がん剤による治療を受けたが、あまり効果はなかった。
その後、近畿大病院に移り、2016年1月から約2年間、免疫治療薬を使ったが、やがて効かなくなった。
 
昨年初め、主治医の勧めで、次世代シーケンサーという装置で一度に数百種類の遺伝子変異を調べる、同大独自の研究プロジェクトに参加。
ROS1という肺がんの増殖に関係する遺伝子に変異があることがわかった。
この変異がある患者を特定する診断薬でも確認された。
 
女性は現在、この遺伝子変異がある患者を対象とした新薬の臨床試験(治験)に参加し、がんの大きさは治験薬を使う前の半分以下になった。
女性は「自分にあった薬のおかげで、息苦しさもなく普通の生活が送れている」と話す。

迅速で正確な特定が重要
16年に全国で肺がんと診断された患者は約12万5千人。
非小細胞肺がんは約9割を占める。
このうち主に薬物治療の対象になるのは、がんが最も進行した「ステージ4」の患者で、全体の約3割とされる。
 
非小細胞肺がんの治療薬には、従来の抗がん剤のほか、免疫治療薬、遺伝子変異を標的にした分子標的薬がある。
このうち、分子標的薬は、薬が効くかを確認するためには、その遺伝子に変異があるかをあらかじめ調べておく必要がある。
 
現在、国内では四つの遺伝子変異に対する分子標的薬が認められている。
日本肺癌学会の診療ガイドラインでは、遺伝子検査で変異が見つかれば、分子標的薬の治療を推奨し、いずれも変異がなければ、免疫治療薬や従来の抗がん剤による治療を挙げている。
 
ここ数年で肺がんの薬物治療の選択肢は格段に増えた。
適切な治療薬をいかに早く選ぶかが重要になっている。
 
だが、これまではどの遺伝子に変異があるかを特定するのに複数回の検査を行うことが少なくなかった。
 
今年2月、分子標的薬がある四つの遺伝子変異を同時に調べられる診断システムが薬事承認された。
公的医療保険が適用されれば、検査が効率化すると期待されている。
 
一方、別の遺伝子変異が原因の肺がんの分子標的薬の開発も進んでいる。
日本肺癌学会や日本癌学会など4学会は昨年4月、数多くの遺伝子変異を同時に調べられる次世代シーケンサーを用いて治療薬の選択ができる診療態勢の確立を厚生労働省に提言した。
 
遺伝子変異を網羅的に調べる「遺伝子パネル検査」は昨年末に薬事承認され、近く保険が適用される見通しだ。
当面、標準治療がない患者が臨床試験に参加する機会を得ることなどに活用されるとみられる。
 
将来的には、薬物治療の対象となるがんと診断された段階で遺伝子パネル検査を使い、標準治療も含めた治療薬の選択に役立てることが望ましい。
 
ただ、検査の分析性能をさらに高めること、費用が安くなること、検査結果に基づく治療薬の選択や(必要に応じて)家族も含めたカウンセリングを適切に行える態勢を整えることが条件となる。

朝日新聞・朝刊 2019.5.15

関連サイト
非小細胞肺がんステージ4の検査と治療薬
https://wordpress.com/post/aobazuku.wordpress.com/338