がん 「遺伝が原因」は5%

「遺伝が原因」5%にすぎず

がんは、遺伝子の損傷による細胞の不死化が原因となる「遺伝子の病気」だ。
しかし、遺伝はがんの発生要因の5%程度に過ぎないから、遺伝する病気という見方は正しくない。

たしかに、生殖細胞の遺伝子の異常が代々受け継がれて、特定のがんが発症しやすい家系も存在する。
米国の、ある女優もその一人で、遺伝子検査の結果、BRCA1という遺伝子の異常が発見されたため、乳腺組織と卵巣を予防的に切除している。
私的コメント
乳腺組織あるいは乳房の予防的切除については、保険適応の可否が現在国内で検討中です。

すべての遺伝子は父母から1つずつ受け取るが、彼女の場合、母親から受け継いだBRCA1遺伝子に異常があったようだ。
彼女の身体のすべての細胞は、異常なBRCA1遺伝子を持った卵子と正常な精子が合体した受精卵から作られたから、血液の細胞を採るだけでこの遺伝子の異常が分かったのだ。

こうした家族性腫瘍はがん全体の5%に過ぎない。
ほとんどの"遺伝子の傷"は身体の細胞(体細胞)に後天的に生じるものだ。

どの遺伝子が傷つくかはランダムに起こるので、がんは運の要素も多い病気と言える。
禁煙など生活習慣の改善で遺伝子変異のリスクは大きく減らすことはできるが、完璧な生活でもがんを完全に防ぐことはできない。

がんは運にも左右される病気だ。
そういった点では、ある意味でがんも人生の一部だと言える。

一方、分子生物学の進歩によって、発がんの原因となる遺伝子変異の解明が進んでいる。
がんのほとんどは、体細胞の遺伝子の偶然的な損傷によって発生した不死細胞が10~30年といった年月をかけて増殖したものだ
遺伝性のがんを除くと、全身の細胞の遺伝子には異常はないから、発がんの原因遺伝子の特定にはがん細胞を採取する病理診断が必要になる。
なお、がん細胞にできた突然変異は次の世代に遺伝しない。

がん細胞の遺伝子異常を網羅的に調べ、個々のがんに適した治療を行う"がんゲノム医療"が今、始まろうとしている。

執筆 東京大学病院・中川恵一准教授)

参考・引用一部改変
日経新聞・夕刊 2019.6.26