役割広がる「緩和ケア」 「がん治療と並行」の流れ
がんを公表した著名人が「手術や抗がん剤治療をするか、何もせずに痛みを取り除く『緩和ケア』を選択するのか悩んだ」と話し、医療関係者から戸惑いの声が上がったことがあった。
「緩和ケア」という言葉にどのようなイメージを持つだろうか。
2019年に実施された内閣府の世論調査では、緩和ケアの開始時期について「診断されたときから」と答えた人が5割に対し、「がんが治る見込みがなくなったときから」と答えた人も約2割いた。
以前は、治療が終了した患者が苦痛を和らげるために受けるものと考えられていた。
しかし現在は、診断直後からがん治療と並行して緩和ケアを行い、状況に合わせて割合を変えていくものとされている。
18年からの国のがん対策の指針にも「がんと診断された時から」緩和ケアができる体制整備を進めると明記された。
□ □
帝京大学病院の緩和ケアセンターでは「緩和ケアは、『がん』という相手と相撲を取るために土俵を整えること」という。
これは、約20年前に当センターの26歳の卵巣がんの患者が言った言葉だった。
「がんという相手と相撲を取って勝ちたいが、痛みがあって頑張れない。痛みがあるのは私にとって相撲の土俵が整っていないこと。踏ん張りたい、仕切りたいが力が出せない。痛みの治療をしてくれませんか」
決して土俵から下りている訳ではない。
世界保健機関(WHO)は02年、緩和ケアを「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を(中略)苦痛を予防し和らげることを通して向上させる」と定義している。
身体的な痛みだけでなく、精神的苦痛や社会的苦痛など全てが関連している。
都道府県が指定するがん診療連携拠点病院など、緩和ケアに力を入れている病院では、医師や看護師、薬剤師、心理職やソーシャルワーカーらがチームになり、病棟を回ったり外来で患者を診たりする。
日本緩和医療学会の調査によると、チームがある病院は年々増え、18年度で520施設に上る。
チームへの依頼で最も多いのは、痛みの緩和、次いで吐き気など痛み以外の体の症状、眠れない、不安などの精神症状と続く。
小さな子どもの心配など、家族ケアの相談も受けている。
イタリアの研究によると、経験者の3人に1人はがん治療が終わった後にも、痛みを抱えているという報告がある。
抗がん剤の副作用でしびれや浮腫が残ることもある。
家族や遺族のケアも含めて、治癒後も続くのが緩和ケアなのだ。
□ □
18年に「早期緩和ケア」を掲げた東京の某クリニックには、「病院では『まだ早い』と言われた」という患者らが東北や中国地方からも訪れる。
このクリニックでは、困って検索したときに、正しい情報を選んでほしいと、早期緩和ケアの重要性をブログやユーチューブでも発信している。
肺がんと診断された患者についての米国の研究では、治療と並行して早期の緩和ケアを受けたグループは、治療だけを受けたグループと比べて生存期間が2カ月長かったと報告されている。
専門家に定期的に相談しておくことで、問題を事前に予防し、いざという時に正しい選択が取れる。
がんを中心に発展してきた緩和ケアは、18年度から末期心不全患者にも公的医療保険が使えるようになった。
透析中の患者や、ALSなどの神経難病の患者らのニーズも高まっている。
苦痛を取り除き、生きる上で何を大切にしていくのか。
「人生を支える医療」としての緩和ケアが広がりつつある。
参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2020.2.22
<関連サイト>
緩和ケアの新しい動き
https://wordpress.com/post/aobazuku.wordpress.com/870