驚異のウイルスたち 人類と共存「進化の伴走者」
感染で遺伝子内に 胎盤や脳発達
地球上にはいろいろなウイルスがいる。
人類の進化にもウイルスが深くかかわってきた。
太古のウイルスが人類の祖先の細胞に入り込み、互いの遺伝子はいつしか一体化した。
ウイルスの遺伝子は今も私たちに宿り、生命を育む胎盤や脳の働きを支えている。
新型コロナウイルスは病原体の怖さを見せつけた。過酷な現実を前に、誰もが「やっかいな病原体」を嫌っているに違いない。ウイルスが「進化の伴走者」といわれたら、悪い印象は変わるだろうか。
母親のおなかの中で、赤ちゃんを守る胎盤。
栄養や酸素を届け、母親の「異物」であるはずの赤ちゃんを育む。
一部の種を除く哺乳類だけが持つ、子どもを育てるしくみだ。
「哺乳類の進化はすごい」というのは早まった考えだ。
この奇跡のしくみを演出したのはウイルスだからだ。
レトロウイルスと呼ぶ幾つかの種類は、感染した生物のDNAへ自らの遺伝情報を組み込む。
よそ者の遺伝子は追い出されるのが常だが、ごくたまに居座る。
生物のゲノム(全遺伝情報)の一部と化し、「内在性ウイルス」という存在になる。
内在性ウイルスなどは、ヒトのゲノムの約8%を占める。
ヒトのゲノムで生命活動などにかかわるのは1~2%程度とされ、ウイルスが受け渡した遺伝情報の影響は大きい。
見方によっては、進化の行方をウイルスの手に委ねたといっていい。
哺乳類のゲノムに潜むウイルスは注目の的だ。
東京医科歯科大学の石野史敏教授は、ヒトなど多くの哺乳類にある遺伝子「PEG10」に目をつけた。
マウスの実験でPEG10の機能を止めると胎盤ができずに胎児が死んだ。PEG10は、哺乳類でも卵を産むカモノハシには無く、どことなくウイルスの遺伝子に似る。
状況証拠からは、約1億6000万年前に哺乳類の祖先にウイルスが感染し、PEG10を持ち込み、これがきっかけで胎盤ができた、とみられる。
胎盤のおかげで赤ちゃんの生存率は大幅に高まった。
ウイルスが進化のかじ取りをしていた証拠は続々と見つかっている。
哺乳類の別の遺伝子「PEG11」は、胎盤の細かい血管ができるのに欠かせない。
約1億5000万年前に感染したウイルスがPEG11を運び、胎盤の機能を拡張したようだ。
ウイルスがDNAに潜むのには訳がある。
生物の免疫細胞の攻撃を避け、縄張りも作れる。
ウイルスは生きた細胞でしか増えない。
感染した生物の進化も促し、自らの「安住の地」を築きたいのかもしれない。
コメント;
たとえば、新型コロナウイルスは感染したヒトが死んだ場合、どれだけの間感染力があるのでしょうか。
(現実は直ちに遺体を焼却処分しています)
「ウイルスは生きた細胞でしか増えない」。
しかし、ウイルスは生命体とはいえない。
いわゆる寄生虫とも違う。
実に不思議です。
東海大学の今川和彦教授は「過去5000万年の間に、10種類以上のウイルスが様々な動物のゲノムに入り、それぞれの胎盤ができた」と話す。
ヒトや他の霊長類の胎盤は母親と胎児の血管を隔てる組織が少ない。
サルの仲間で見つかる遺伝子「シンシチン2」は、約4000万年前に感染したウイルスが原因だ。
さらにヒトやゴリラへ進化する道をたどった一部の祖先には、3000万年前に感染したウイルスが遺伝子「シンシチン1」を送り込んだ。
初期の哺乳類はPEG10が原始的な胎盤を生み出した。
ヒトなどではシンシチン遺伝子が細胞融合の力を発揮し、胎盤の完成度を高めた。
本来のシンシチン遺伝子はウイルスの体となるたんぱく質を作っていたが、哺乳類と一体化すると役割を変えた。
父親の遺伝物質を引き継ぐ赤ちゃんを母親の免疫拒絶から守る役目を担っているとみられる。
コメント;
どうしてこのようなことがわかるのでしょうか。
そのこと自体も神秘的です。
哺乳類は脳機能の発達でもウイルスが進化を助けた。
複雑になった脳の働きを、ウイルスがもたらす新たな遺伝子が制御している可能性がある。
ウイルスが「進化の伴走者」と言われるゆえんだ。
ウイルスの影響がよくわかる植物の研究がある。
東京農工大学や東北大学などのチームはウイルスがペチュニアの花の模様を変える様子をとらえた。
花びらの白い部分が、ゲノムに眠るパラレトロウイルスが動き出すと色づく。ダリアやリンドウでも似た現象がある。
一部はウイルスの仕業かもしれない、という。
哺乳類のように進化の一時期に10種類以上の遺伝子がウイルスから入った例は見つかっていない。
哺乳類も、形や機能の進化にウイルスを利用してきたのだろう。
進化の歴史を隣人として歩んできたウイルスと生物の共存関係は今後も続く。
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2020.5.31