細胞つなぐ分子の世界 代表格「カドヘリン」

細胞つなぐ分子の世界 代表格「カドヘリン」、がんや進化と関係

私たちの体は37兆個ともいわれる細胞でできている。

細胞同士がばらばらにならないようにつないでいるのが細胞接着分子だ。

先駆けとなった「カドヘリン」の発見は約40年前。

現在、病気や進化との関係など研究分野が広がっている。

 

細胞接着分子は細胞同士や、細胞と細胞外の「基質」の間をつないでおり、多くの種類が知られる。

中でも早くにその正体が明かされ、よく研究されてきたのが「カドヘリン」だ。

1982年、京都大学に在籍していた竹市雅俊さん(現・理化学研究所名誉研究員)が発見した。

細胞同士を結びつける物質があるらしいことは古くから知られていたが、発見当時はその正体はよくわかっていなかった。

カドヘリンは細胞を隔てる細胞膜を貫くたんぱく質で、隣り合う細胞の膜から突き出たカドヘリンとくっつき合う。

細胞の内側では、たんぱく質を介して細胞の骨格と結びついている。

カドヘリンには多くの型があり、同じ型のカドヘリン同士がくっつくこともわかった。

 

「カドヘリンファミリー」と呼ばれる類似の分子は、120種類以上が知られている。

竹市さんはカドヘリンを発見した当時を振り返り、「他の分子も発見されつつあったが、カドヘリンこそが重要だという直感はあった。多細胞動物の基本的な接着分子が見つかったということは大きなインパクトがあるはずだと予測できた」と話す。

 

   * * *

 

カドヘリン以外の細胞接着分子の研究も進んだ。

例えば、白血球が血管の中を転がるように移動する際、白血球と血管の内側の細胞を結ぶものや、隣り合う細胞同士が物質をやりとりするのに使われる分子もある。

 

 

 

京都大学教授だった故・月田承一郎氏らが1998年に発見した「クローディン」も主な細胞接着分子の一つだ。

全身や消化器、血管の表面を覆う上皮細胞の上端近くで「密着結合」という、隣り合う細胞同士を隙間がほとんど見えないほど強く結びつける構造をつくる。

 

帝京大学教授で、大阪大学特任教授の月田早智子さんによると、この構造があるおかげで、血管や消化管から水分が外側に漏れ出ないようになっているという。

クローディンは細胞同士の側面をぴたりとくっつけ、バリアとして働く。

 

研究分野の先駆けとなったカドヘリンの発見は約40年前の業績だが、カナダのガードナー財団は今年3月、竹市さんにガードナー国際賞を贈ると発表した。

 

医学分野で世界的な発見や貢献をし、ノーベル賞受賞者も数多く受けている賞だ。

 

財団は「全ての多細胞動物種に見られるカドヘリンの発見により、多細胞のシステムがどのように生まれ、調整されるかわかるようになった」と評価した。

 

   * * *

 

カドヘリンの研究は今や、様々な分野に広がっている。

よく知られているのは、がんとの関係だ。

消化管の表面など、がんの多くができる上皮細胞では細胞同士がぴっちりとくっついている。

ただ、がん細胞では、その接着が弱くなり、がん細胞が組織の中に入り込むように広がる「浸潤」や、血流などに乗って体内の別の場所に移動する「転移」が起きやすくなる。

そういった正常ではない現象が、カドヘリンの遺伝子変異や、発現の調節異常などにより起こることがわかっている。

 

生物の進化との関係も調べられている。

カドヘリンは生物の種類によって、細胞外に突き出ている部分の繰り返し構造の数が異なっており、進化の歴史を反映しているという。

 

 

例えば、繰り返し構造の数は、ヒトなど脊椎動物は5回、昆虫は7回だ。

ウニやヒトデでは10回以上。

より古いカドヘリンの方がサイズが大きく、進化とともに小さくなってきたと考えられるという。

 

 サイズが小さくなったことで分子の性質や機能が変わった可能性がある。

 

接着のしくみの変化により、動物の形が変わったという仮説がある。

 

また、大阪大学の八木健教授は、カドヘリンの仲間の「クラスター型プロトカドヘリン」に注目し、脳の複雑な神経回路ができるしくみを調べている。

 

ヒトやマウスではクラスター型プロトカドヘリンは50種以上あり、神経細胞はそれぞれ異なる型の組み合わせをもっている。

 

ヒトで1千億個以上とされる脳の神経細胞に「個性」をつける格好だ。

 

それぞれが同じ型同士でくっつき、多くの神経ネットワークがつくられている。

 

同じ分子同士がくっつくという考え方が神経細胞の個性と結びつくことで、脳にある複雑な神経ネットワークを理解できる。

 

カドヘリンの同定は細胞接着分子の考え方がほぼない時代のことで、この分野の「夜明け」だった。

 

今や多種の接着分子は当たり前のものになっているが、新しい分野での研究も進んでおり、健康・予防など広い範囲でこれからも発展していく可能性を秘めている。

 

<がん以外も、進む研究> 

細胞接着分子は、がん以外の様々な病気にも関わる。クローディンは、異常があるとアトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎などになりやすいことがわかっており、感染症との関連も指摘されている。

プロトカドヘリンについては、てんかんや知的障害との関連が研究されている。

 

参考・引用一部改変

朝日新聞・朝刊 2020.6.1

 

 

<関連サイト>

細胞接着分子

https://aobazuku.wordpress.com/2020/06/01/%e7%b4%b0%e8%83%9e%e6%8e%a5%e7%9d%80%e5%88%86%e5%ad%90/