環境との調和 生存に不可欠

環境との調和 生存に不可欠

人間の体は37兆個もの細胞からできている。
そして、各細胞はまわりの細胞たちと協調しながら、必要な役割を担い、何回か分裂したあと、自然に死んでいく。

腸の細胞は数日で、皮膚の細胞は1カ月程度で入れ替わるといわれている。
死んだ細胞を補うために、少なくとも数百億から数千億もの細胞が毎日生まれていると考えられている。
この「新陳代謝」こそが、がんの発生する理由だ。

新たな細胞を生み出す細胞分裂では、遺伝子の複製が行われる。
この際に、DNAが不安定となり、突然変異が起こりやすくなる。
突然変異が細胞の増殖を調整する遺伝子に起こって不死化したものが、がん細胞だ。

心臓にがんができることは非常にまれだ。
これは、心筋細胞がほとんど分裂をしないことが大きな理由だ。
逆に、新陳代謝が起こる臓器には、がんの発生は避けられないともいえる。
がん細胞は自分を生み出した患者の栄養分を横取りしながら、際限なく分裂を繰り返して数を増やしていく。
しかし、その増殖がもたらす体内の環境の変化によって患者が死亡するとがん細胞も共倒れになる。

患者が亡くなってもがん細胞が生き続けている例外が、がんの基礎研究で使われる「ヒーラ細胞」だ。
米国の黒人女性の子宮頸がんの組織から採取されたがん細胞で、名称は患者の名前に由来する。

彼女は1951年にがんで亡くなったが、彼女の体内から取り出されて、死後も培養されたヒーラ細胞は、70年近くたった今も世界中の実験室で生きている。
これからも、栄養を与えられるかぎり、永遠に生きていくはずで、不老不死を体現する細胞だ。

がん細胞と患者の体の関係は、人類と地球のそれに似ていると思われる。
人類は、化石燃料などの地球資源を消費しながら、人口を爆発的に増やしてきた。
しかし、人類の増殖にともなう地球環境の悪化は人類の生存そのものを脅かそうとしている。

地球と人類の共倒れを防ぐために残された時間は長くないようだ。
環境との調和が自身の生存にも欠かせないことをがんは教えてくれる。

執筆
東京大学病院・中川恵一准教授

参考・引用一部改変
日経新聞・夕刊 2019.6.12