ゲノム多様性、治療の障害に
がんは、ある臓器に発生したたった一つの不死細胞が、免疫の監視の網をかいくぐって増殖したものだ。
全身にがんが転移しても、すべてのがん細胞は最初に発生した不死細胞の遺伝子を引き継いだ「クローン」だ。
例えば、乳がんが肺に転移したとしても、それは肺の細胞から発生する「肺がん」とは全く性質が違い、元々の乳がんの性質をそのまま持ち続けているす。
日本人が外国に移住して国籍が変わっても、肌や目の色が変わらないのと同じだ。
抗がん剤を全身に投与すると、どの臓器に転移したがん病巣にも、ほぼ同じような効果を発揮するのは、がん細胞がクローン増殖をするからだ。
しかし、がん細胞では、細胞分裂の際に遺伝子を正確にコピーする仕組みが破綻しているため、分裂を繰り返していくにつれ、さまざまな遺伝子変異が積み重なってく。
この「ゲノム不安定性」はがん細胞に多様性を与えることになる。
がんは時間とともに、元々の均質な集団から、様々な性質をもつ混成部隊に変貌していくわけだ。
がんの「ゲノム多様性」は、がん治療の障害にもなる。
抗がん剤にせよ、ホルモン薬にせよ、分子標的薬にせよ、薬物療法を開始してしばらくは効果があっても、治療を続けているとだんだん効かなくなってくる。
これは、様々な性質を持つようになったがん細胞のうち、薬物に抵抗性を持つ細胞以外は「淘汰」され、生き残った細胞集団が再び増殖するからだ。
放射線治療でも、照射のあとに再発したがん病巣は「放射線抵抗性」になることがめずらしくない。
38億年もの歴史を持つ生命も、地球環境の激変による大量絶滅を乗り越えて今日に至っている。
がん細胞も、環境の変化に適応しながら姿を変えていく。
ダーウィンが唱えた自然選択による進化が患者の体内で起こっていると言える。
<コメント>
遺伝子の転写ミスは、結果的には「進化」かも知れませんが、「進化」という言葉の定義とはいささか異なります。
がんにとっては治療も環境変化による選択圧の一つですから、再発を繰り返す度に治療抵抗性を強めていく。
がんが多様性を身につける前に根絶させるには、早期発見・早期治療が何より大切となる。
執筆 東京大学病院・中川恵一准教授
参考・引用一部改変
日経新聞・夕刊 2019.10.29