複合薬、日本勢が存在感
第一三共は新型抗がん剤を日本で(2020年5月)25日に発売する。
2種類の薬を組み合わせて治療効果を高める「抗体薬物複合体(ADC)」と呼ばれる製品だ。
多くの海外大手が開発に苦戦するなか、第一三共は強みとする化学合成技術で実用化にこぎつけた。
ADCで2025年に世界首位になるとの見方もある。
武田薬品工業やアステラス製薬なども手掛けており、抗がん剤の新たな潮流として日本勢の存在感が高まりそうだ。
ADCはがん細胞を狙う抗体と、攻撃する抗がん剤を組み合わせた医薬品だ。
薬物をがん細胞に直接運ぶため投薬の効果が高く、患者への肉体的な負担を減らせる。
抗体は標的を見つける精度が高く、副作用が小さいものの効果が不十分な場合がある。
一方、通常の抗がん剤は効果が高いが、標的を見つける機能が低かったり副作用が大きかったりする。
ADCは双方を補完する可能性があるとされる。
抗体と抗がん剤の結合の精度が高く、競合品に比べて、1つの抗体に搭載できる抗がん剤の量が最大2倍に増えるという。
まずは乳がんを対象にしている。
臨床試験(治験)では既存の抗がん剤が効かなくなった患者の約6割で腫瘍が小さくなるなどの効果があった。
1月に米国で先行発売し、3カ月間で目標の20億円を上回る32億円を販売。20年度は日米で285億円の売り上げを見込む。
稼ぐ有望薬に
製薬業界では年間売上高が10億ドル(約1070億円)を超える大型薬を「ブロックバスター」と呼ぶ。
エンハーツは軌道に乗ればブロックバスターに育つ可能性がある。
第一三共は25年度までにがん治療分野で売上高5000億円を上回るとの目標を掲げているが、エンハーツがその中核を担う。
今後は胃がんや大腸がん、肺がんなどにも適応拡大させる考えで、43の治験を進めている。
ADCは米ワイス(現・米ファイザー)が00年、急性骨髄性白血病の治療薬として米国で発売した「マイロターグ」が最初の製品だ。
医薬品としては20年の歴史があるが、抗体と抗がん剤を結合させるための物質を化学合成でつくる必要があり、設計と合成の難易度が高い。
米アッヴィや独バイエルなど大手も開発に着手したものの、多くが苦戦してきた。
英調査会社エバリュエートによると、がん治療薬分野のADCで現在、最も売れているのはスイスの製薬大手ロシュの乳がん治療薬「カドサイラ」。
2位は武田が米バイオスタートアップのシアトルジェネティクスと組んで販売する悪性リンパ腫の治療薬「アドセトリス」だ。
エバリュエートは20年にエンハーツは早くも3位になると試算。
25年には市場全体の約2割を占める31億ドルを稼ぐ有望薬になるとみる。
新事業の切り札
エンハーツは第一三共の事業転換の切り札だ。
稼ぎ頭だった高血圧症治療薬の特許切れが迫り、16年にがん治療分野への進出を表明。
鎮痛剤「ロキソニン」などで培った化学合成技術を生かし、ADCの開発を進めた。
20年度からの3年間で1000億円超を投じ、生産設備などを増強する。
ADCは日本勢が強みを持つ化学合成技術が生かせる分野だ。
第一三共や武田のほか、アステラスがシアトルジェネティクスと組んでADCを開発。
膀胱がん向けの「パドセブ」を19年に米国で発売している。
抗がん剤で欧米大手に見劣りしてきた日本勢が巻き返しを図るきっかけになる可能性がある。
ただし、がん治療は日進月歩だ。
世界の製薬大手が様々な手法で研究開発を続けており、最近では遺伝子治療薬や免疫療法なども進んでいる。
ADCは成長が期待されるが、足元のがん治療薬の世界市場に占める比率は大きくない。
がん治療全体でみるとあくまで「選択肢のひとつ」だ。
副作用の低減も重要だ。
エンハーツも治験段階では肺炎症状が出るなどの副作用が確認されている。第一三共の斎寿明副社長は「安全性情報を適正に提供し、慎重に浸透を図っていく」と語る。
副作用を管理しながら市場を開拓できるかが課題となる。
参考・一部改変
日経新聞・朝刊 2020.5.3
<関連サイト>
抗体薬物複合体(ADC)の仕組み
https://wordpress.com/post/aobazuku.wordpress.com/1122