iPS使い難病薬探せ ALSに既存薬転用、治験で効果
iPS細胞を使って、難病などの治療薬を探す「iPS創薬」が進む。
京都大学iPS細胞研究所の研究チームは全身の筋肉が衰えるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者で進行を抑える効果を確認したと発表した。
慶応義塾大学などもALSや他の難病で臨床試験(治験)をしている。
既存薬から新薬候補が見つかれば創薬の効率が高まる。
ALSは運動神経の障害で筋肉が徐々に衰えていき、進行すると呼吸ができなくなる難病だ。
国内に約9千人の患者がいるという。
個人差はあるが、発症から数年で人工呼吸器を付けたり、亡くなったりする。既存薬は病気の進行を数カ月遅らせる効果があるが、現状では根治につながる薬はない。
*1400種類を試す
京大iPS研教授の井上治久さんらはALS患者のiPS細胞から病気の細胞を再現して新薬候補を探した。
再現した細胞に約1400種類の薬剤をかけて効果を調べて、慢性骨髄性白血病の治療薬「ボスチニブ」が新薬候補になることを見つけた。
2019年に安全性などを調べる第1相の医師主導治験を始めた。
比較的軽症の12人の患者にボスチニブを1日1回、12週間投与した。
安全性については、用量が多い3人で肝機能障害などが起きたものの、他は特に問題なく投与できることが分かった。
有効性は残りの9人を対象に調べた。
会話や食事、歩行などの能力をもとにALSの重症度を評価した。
5人で病気の進行が3カ月止まった。
井上さんは「進行を投薬で止める効果は世界初だ。科学の力でALSを制圧できる可能性が視野に入った」と話す。
ただ今回の報告は、少人数を対象に主に安全性を調べる第1相治験の成果だ。有効性については、多くの患者に投与する2~3相治験で厳密に評価することになる。
研究チームは次の治験を検討中だ。
期待は大きい。
例えば国内で年間約100万人の患者が出るがんに比べ、ALSなどの難病は患者数が少ない。
企業が創薬に多額の費用や労力をかけるのをためらうため、治療薬の開発が遅れがちだ。
そこでiPS創薬が期待されている。
他の病気の既存薬を転用する「ドラッグリポジショニング」と組み合わせて新薬を探す取り組みが進んでいる。
安全性を確認済みの既存薬は、有望な創薬候補になる。
研究が進めば難病患者の福音になる。
慶大教授の中原仁さんや岡野栄之さんらの研究チームもiPS細胞でALSの治療薬を探した。
約1200種類の薬剤からパーキンソン病の治療薬「ロピニロール塩酸塩」を見つけた。
コメント
ロピニロール(商品名レキップ)
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1169013.html
21年5月、20人のALS患者に投与する医師主導治験で、病気の進行を約7カ月遅らせたと発表した。
コメント
進行が緩徐な疾患で「病気の進行を約7カ月遅らせる」といわれても、はたして有効性が実感出来るものでしょうか。
アルツハイマー型認知症の治療薬として有名なドネペジル(商品名アリセプト)も進行を8か月遅らせるとか、症状を数カ月~1年ほど前の状態まで回復させるという「謳い文句」ですが、効果を実感することが難しいのが実情です。
患者を2グループに分け、13人の「投与群」には1年間にわたってロピニロールを投与。
7人の「偽薬群」には最初の半年は偽薬を、その後はロピニロールを投与した。
投与群では運動機能や筋力、活動量の低下を抑えられた。
自力での歩行が難しくなるほど病気が進行するまでの期間が約50週となり、偽薬群の2倍以上に延びた。
病気の進行を約7カ月遅らせる可能性があると分かった。
免疫抑制剤に期待
他の希少疾患でも取り組みはある。
京大教授の戸口田淳也さんらは、筋肉や靱帯の中に骨ができる「進行性骨化性線維異形成症(FOP)」の医師主導治験に17年から取り組む。
国内患者が約80人といわれるまれな難病の一つで、治療が難しい。
免疫抑制剤などに使われる「シロリムス」を投与している。
骨ができるのを促す物質の働きを抑える効果を期待している。
シロリムスは他の難病でも効果が期待されている。
慶大専任講師の藤岡正人さんらはiPS細胞で、難聴や目まいが起きる難病の「ペンドレッド症候群」に効果があることを見つけた。
患者にシロリムスを投与する医師主導治験をして効果を探っている。
iPS創薬には課題もある。
既存薬は特許が切れると薬価が低くなり、企業が実用化に消極的になる。
大学などの研究で治療効果があると分かっても、企業が取り組まなければ普及しない。
薬価を高めるなどの制度の修正が求められている。
既存薬の転用
ドラッグリポジショニングと呼ばれる。
既存薬は安全性や製造方法が確認されているため、無数の候補物質から新薬を見つける一般的な創薬の手順よりも、安く短期間で優れた新薬候補を探すことができる。
これまでも、胃潰瘍の治療薬をドライアイの点眼薬に転用したり、解熱鎮痛剤を心疾患の予防薬に使ったりといった例がある。
難病だけでなく、新型コロナウイルス感染症ではエボラ出血熱向けに開発された「レムデシビル」が実用化された。
人工知能(AI)を使い、より効率的に探す試みも進む。
参考・引用一部改変
日経新聞 2021.11.8