筋萎縮症、希望の3治療薬

筋萎縮症、希望の3治療薬 家族や患者の生活変える

最先端のバイオ技術で難病治療が飛躍的に進化している。

乳幼児などの全身の筋力が徐々に衰えていく脊髄性筋萎縮症に対する治療薬がここ数年で続々と登場。

遺伝子治療核酸医薬品など夢だった先端技術を活用した薬剤3剤が使えるようになった。

 

核酸医薬、遺伝子治療――。

一昔前まではSFの世界の治療技術が、現実の患者に届くようになった。

そのひとつが、脊髄性筋萎縮症だ。

運動神経を維持するたんぱく質が十分に作れず、筋力の低下や萎縮を引き起こす遺伝性の病気で、重症化すると呼吸を支える筋肉が衰えて人工呼吸器が手放せなくなる。

 

ここ数年で脊髄性筋萎縮症は治療できる病気へと変わった。

異なる3つの薬剤が出てきたことで選択肢が広がった。

 

脊髄性筋萎縮症は一部がなくなったり、変異したりしたSMN1遺伝子を両親から受け継ぐことで発症する。

発症時期はさまざまで、一般に早期ほど重くなりやすい。

生後6カ月以内に発症する最も重症な「I型」はおすわりの姿勢が取れないほか、誤嚥や呼吸がしにくくなるなどの症状も出ることが多い。

 

これまで治療法は乏しく、徐々に低下する筋力を維持できるようリハビリをしたり、人工呼吸器で呼吸を維持するなどの対症療法しかなかった。

国内の患者数は約1500人と推定される。

ただ乳児期に発症し、人工呼吸を使わない場合、2歳までに命を落とす子もいるなどつらい病気だ。

 

初の治療薬は2017年に登場した米バイオジェンの「スピンラザ」。

核酸と呼ばれるDNAやRNAなどを利用した薬で、SMN1遺伝子によく似た遺伝子に働きかけることで、不足しているたんぱく質を作り出して治療する画期的な薬だ。

 

背中から針を刺し背骨の間に4~6カ月おきに注射をするが、すでに治療に使った患者は全世界で1万人を超えた。

投与数日から2週間ほどで手や足が動かせるなど、何らかの改善が期待出来る。

 

別の最先端のバイオ技術、遺伝子治療を使うのはスイス・ノバルティスの「ゾルゲンスマ」だ。

体内に正常な遺伝子を直接入れる治療で大きな効果が出ている患者がいるという。

 

静脈から点滴投与する薬で、日本では20年5月に保険適用された。

1回で治療が完了するのが特徴で、2歳未満の乳幼児に投与できる。

1億6707万円と日本一高い薬価がついたことでも注目された。

国内では患者は指定難病などの医療費助成制度を利用できる。

20年の全世界での売上げは9億2000万ドル(約1000億円)という。

 

2つと比べて使いやすさで優れている新薬は、中外製薬の飲み薬「エブリスディ」だ。

 

 

低分子薬だが、飲むと体内で脊髄性筋萎縮症の原因となるSMN1遺伝子と似た構造だが別のSMN2遺伝子に働きかけ、不足する正常なたんぱく質を作る。

子どもにも飲みやすいイチゴ味のシロップで生後2カ月以上の患者に1日1回経口投与する。薬価が97万円(60ミリグラム)で21年8月に保険適用された。

医師の許可などがあれば在宅で治療もできる患者や家族の負担軽減や治療しやすさにつながりそうだ。

 

新薬3剤の登場は治療する医師たちの意識も変えた。

3剤の登場について「どうやって運動機能を伸ばすのかを考えられるようになり、診療が一変した」と打ち明ける医師もいる。

新型コロナウイルス流行下では、入院をためらうケースもある。

そうした患者には飲み薬への切り替えを検討することもあるなど、より積極的な治療につながっているという。

 

ただ、新薬にもいくつかの問題がある。

まずは副作用だ。

ゾルゲンスマでは肝機能障害や血小板減少など、スピンラザでは頭痛や嘔吐、エブリスディは発疹、胃腸症状などが出現する可能性もあるので注意していく必要がある。

また薬の効き方には個人差があり、期待したような効果が得られないこともある。

 

もっとも重要なのは、誰がどの薬を使うのかという判断だ。

例えば脊椎が変形した患者は髄腔内投与が難しく、飲み薬のエブリスディの使用を考慮される可能性がある。

逆に誤嚥のリスクがある患者は飲み薬を避けたほうがよい可能性がある。

医師が患者と家族に十分に説明をして選択する必要がある。

 

参考・引用一部改変

日経新聞・朝刊 2022.2.1

 

参考

脊髄性筋萎縮症(指定難病3)

https://www.nanbyou.or.jp/entry/135

・男女差はない。

・I型は乳児期、II型は乳児期から幼児期、III型は幼児期から小児期、IV型は成人期に発症する。

 

脊髄性筋萎縮症とは?

https://www.togetherinsma.jp/ja-jp/home/introduction-to-sma/smn1-gene.html

・大半のSMAは、survival of motor neuron 1(SMN1)遺伝子の変化によっておこる。

この遺伝子は、運動ニューロンの正常な機能を維持するsurvival of motor neuron(SMN)タンパク質を産生している。

SMAのある人では、両親から受け継いだ2つ(2コピー)のSMN1遺伝子の両方に変化が生じてSMNタンパク質の産生が減少する。

SMNタンパク質の量が十分でないと、脊髄内の運動ニューロンが徐々に消失(脱落)し、筋肉が脳からの信号を受信できなくなる。