認知症に「ゲノム医療」

認知症に突破口 第3の標的探る、ゲノム医療に光

発症の可能性調べ投薬 難航する創薬の突破口に
国内の患者数が500万人に達する認知症で、治療の新たな突破口を探る研究が活発化してきた。
患者の遺伝情報を手がかりに病気を調べる「ゲノム医療」を使って、病気の原因や進行を遅らせる方法を見つける。
脳内にある2種類の原因たんぱく質を標的とした治療薬の開発が相次いで失敗するなか「第3の標的」を探る研究が認知症治療の光明となると期待される。

「遺伝子解析無しには、詳しい病名は分からなかった」。
新潟大学の池内健教授は今春に診断した2人の男性を振り返る。
男性は認知症が疑われたものの、正確な病名が分からないまま治療を続けていた。
池内教授は血液を採取し、全ての遺伝子を解析。
18~64歳で発症する若年性認知症の一種と関わる「NPC1」遺伝子で変異を見つけた。
現在、進行を遅らせる投薬を続けている。

認知症は約50種類の異なる病気の総称だ。
診断は認知機能や脳の萎縮を調べるのが一般的だが、患者数が最多のアルツハイマー型でも精度は8~9割にとどまる。
診断が難しく薬が少ない病気も多く治療は手探りが続く。
これまでは病気の原因とされるアミロイドベータ(Aβ)やタウと呼ばれる異常なたんぱく質がたまるのを防ぐことで症状を治める戦略がとられてきた。
ただ、これらのたんぱく質に働きかけても効果が得られないケースが多く大手製薬企業の開発も相次ぎ頓挫。
新しい治療薬のターゲット(標的)が求められている。

その突破口と期待されるのが、ゲノム医療だ。
池内教授は「多数の遺伝子を調べ、手掛かりを増やしたい」と意気込む。
次世代シーケンサーなどで安価に遺伝子変異を調べる技術が進歩し、様々な認知症の原因解明や創薬研究も後押しできる。
池内教授はDNAを作る塩基の1つが異なるSNP(一塩基多型)にも注目。
アルツハイマー認知症(AD)の発症率が認知症に関わる遺伝子のSNPの違いで、最大で29倍に増えると突き止めた。
また他大学とも協力し、SNPの違いから発症年齢も変化することも分かった。
ADの6割は遺伝子の影響が考えられている。
予測を基に適切な時期に投薬を始めれば、病気の進行を遅らせられる。

文部科学省も第3の標的探しに向けた大規模な研究を始める。
物忘れや徘徊といった症状から回復した患者に注目。
入院中は認知機能が悪化していたが自宅に戻ってから症状が治まったりした患者を対象に、脳の磁気共鳴画像装置(MRI)画像や遺伝情報を調べ、回復した前後でどんな変化が起きたかを突き止める。
数十億円の研究費を投入し、全国の大学や製薬企業が共同で研究開発を進める。

国の推計によると、65歳以上の認知症患者は15年時点で約520万人。
30年には最大約830万人に増え、人口の7%に到達すると予測する。
交通事故なども起きて社会問題化しており、認知症の効果的な治療薬の開発は急務となっている。
動き始めた認知症のゲノム医療だが、課題も残る。
臨床も始まったがんに比べて、病気の発症や進行に関わる遺伝子がまだ分かっておらず有効な薬も少ない。
今後、認知症に関わる様々な遺伝子が明らかになれば、がん治療のように診断の精度向上や創薬につながると期待される。

参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2018.12.3