遺伝子調べてがんに勝つ

遺伝子調べてがんに勝つ 一人ひとりに最適な薬

がん患者の遺伝子を調べ、個人に合った最適の治療薬を選択する「がんゲノム医療」の時代が幕を開けた。
がん細胞の増殖を促す遺伝子の異常に合わせて分子標的薬と呼ぶ抗がん剤を選ぶことで、従来よりも副作用が少なく、より高い効果が期待される。
がん関連遺伝子に異常がなかった患者には、体内の免疫細胞の能力を高める免疫チェックポイント阻害薬も開発されている。
分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬の登場で、がんとの闘いに終止符が打たれるかもしれない。  

副作用少なく、高い効果
2人に1人ががんにかかる時代。
1年間にがんと診断される人の予測数は2016年に初めて100万人の大台を突破した。
同年にがんで死亡した人は約37万人で、死亡数は肺がん、大腸がん、胃がん、肝臓がんの順に多かった。
 
治る目安とされる診断から5年後に生きている割合(5年生存串)は、全国がん罹患モニタリング集計によると約60%だった。
亡くなる40%の人のうち半分は早期発見や早期治療などで治せる可能性があるが、残る20%は進行がんや難治がんで治すのは難しい。
 
この進行がんなどの患者を助けると注目されているのが、患者の遺伝子を調べて最適な治療薬を選んで投与する「がんゲノム医療」だ。
次世代シーケンサー」と呼ぶ遺伝子解析装置を使って、患者のがん組織や正常細胞の100種類以上のがん関連遺伝子を一度に調べる。
どの遺伝子に異常があるかを特定し、その異常に対応した「分子標的薬」という抗がん剤を主に選択する流れだ。
 
国はがんの撲滅に向け、17年度から始めた「第3期がん対策推進基本計画」の柱のIつにがんゲノム医療を据えた。
厚生労働省は18年2月、がんゲノム医療を中心になって進めるがんゲノム医療中核拠点病院・施設を指定した。
 
3月には中核拠点病院と連携してがんゲノム医療を進める連携病院も決め、4月から全国でがんゲノム医療を進める体制が整う。

分子標的薬、がん細胞狙い撃ち
がん細胞はがん関連遺伝子に異常が起きることで生まれる。
その中でも特定の遺伝子の異常で生まれたがん細胞を狙い撃ちするのが分子標的薬だ。
 
従来の抗がん剤はがん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃するので、吐き気や嘔吐、脱毛などの副作用がある。
分子標的薬はがん細胞しか攻撃しないため、副作用が少なく、効果も高いとされる。
  
世界初の分子標的薬は1998年に米国で承認された。
HER2という遺伝子が過剰に働く乳がん患者を対象にしたハーセプチンだ。
2001年には米国で慢性骨髄性白血病の分子標的薬、グリベックが承認された。
その後、大腸がんや肺がんなど様々ながんでも開発されている。
悪性脳腫瘍では第一三共国立がん研究センターと共同で分子標的薬の開発を進めている。

国内では肺がんの約85%を占める非小細胞肺がんで、がんの増殖に欠かせない遺伝子が少なくとも8種類見つかっている。
2種類の遺伝子については分子標的薬が承認されている。
遺伝子「EGFR」に異常がある人を対象にしたアストラゼネカの「イレッサ」と、ALK融合遺伝子を持つ患者に使うファイザーの「ザーコリ」だ。
ザーコリはROS1融合遺伝子を持つ非小細胞肺がん患者にも使えるようになった。
ほかに6種類の遺伝子をターゲットにした分子標的薬は承認申請中か、臨床試験(治験)が進んでいる。
国立がん研究センター東病院は、RET融合遺伝子を持つ患者に対
する医師主導治験を実施。
甲状腺がんの治療薬として使われている分子標的薬が有効であることを確認した。
 
ただ、分子標的薬は1年ほどで、耐性が生じて薬が効かなくなることもわかってきた。
例えば、投与からI~1年半で約60%の患者に新たな遺伝子の異常が生じて薬が効かなくなる場合などが報告されている。
アストラゼネカはこの薬剤耐性の患者の治療薬として「タグリッソ」を開発し、承認を得ている。
 
非小紺胞肺がん患者の6割弱は、進行した末期の状態で見つかる。
その時点での5年生存率は5%程度しかない。
従来の抗がん剤を使った治療では、進行肺がん患者の生存期間は10~14カ月程度とされていた。
 
一方、分子標的薬はI年ほどで耐性が出ることもあるが、様々な薬が登場し、治療の選択肢が増えることで、生存期間が2倍以上に延びているともいわれている。
 
今後、新たな分子標的薬や耐性に効果がある薬が開発されれば、患者にとって最適の薬をきめ細かく投与できるようになり生存率の向上が期待されている。

免疫薬、免疫力高め攻撃
がん細胞の増殖に欠かせないがん関連遺伝子に異常がない場合には、体に備わっている免疫の力を高めてがんを攻撃する免疫チェックポイント阻害薬と呼ぶ免疫療法が期待されている。
 
体内では、司令塔役の免疫細胞が別の免疫細胞に、がん細胞の表面にあるたんぱく質を目印にして攻撃するように伝える。
すると、この攻撃役の免疫細胞が体内で大量に作られてがんを攻撃する。
 
ところが、がん細胞が表面に出す「PDーL1」というたんぱく質が、免疫細胞の表面にあるたんぱく質「PDー1」と結合すると、攻撃にブレーキがかかってがん細胞は攻撃から逃れることができるようになる。
 
小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬オプジーボと、メルクのキイトルーダは、PDー1に結合して、このブレーキをはずして、免疫細胞のがん攻撃能力を再び高める働きをする。
オプジーボ悪性黒色腫、非小細胞肺がんなどで承認されており、キイトルーダは非小紬胞肺がん、尿路上皮がんなどで承認されている。
 
中外製薬のテセントリクと、ファイザーとメルクセロ‐‐ノが共同開発したバベンチオは、もう一方のPDーLIに結合してブレーキをはずし、免疫細胞ががんを攻撃する能力を高める。
バベンチオは皮膚がんの一種であるメルケル細胞がん、テセントリクは非小細胞肺がんで承認されている。
このほかブリストル・マイヤーズスクイブのヤーボイなどがある。
 
ただ、免疫チェックポイント阻害剤が効くのは、一部の患者に限られる。
この割合を高めるため、別の免疫薬などとの併用試験が数多く実施されており、結果が注目を集めている。

参考・引用
日経新聞・朝刊 2018.3.22