アルツハイマー、治療より予防

アルツハイマー、治療より予防

進む創薬研究、効果を確認 原因たんぱく質の蓄積防ぐ
認知症の主な原因であるアルツハイマー病の発症を予防する薬の研究開発が進んでいる。
大阪市立大学は薬を鼻から入れて予防効果と安全性を両立する方法を開発。
8月に創薬のスタートアップ企業を立ち上げた。
理化学研究所は予防につながる標的のたんぱく質を発見した。
いずれも動物実験で効果を確認した。世界的な高齢化で認知症の患者は増えるとみられ、早期の実用化を目指す。

アルツハイマー病は認知症全体の6割を占め、脳に異常なたんぱく質がたまって神経細胞が死ぬ病気。
異常なたんぱく質の蓄積は発症の20年以上前から始まり、ある程度の神経細胞が死ぬと物忘れなど認知障害の症状が現れ始める軽度認知障害(MCI)になる。
さらに進行すると認知症を発症し、時間や場所、人の関係などがわからなくなる。
死んだ神経細胞は元に戻らず治療が難しくなるため、予防が重要とされる。
 
大阪市立大学の富山貴美研究教授らは発症前の予防に着目。
結核の飲み薬である「リファンピシン」を認知症に似た症状になるマウスに鼻から投与し、症状が起きないなどの効果を得た。
1カ月間の投与後に脳を詳しく調べると、認知症の原因物質とされるアミロイドベータやタウなどのたんぱく質が固まるのを防いでいた。
認知機能の低下も防ぎ、正常なマウスとかわらなかった。
 
富山教授によると、マウスで効果が確認されたため、認知症でも同じような効果が期待されるという。
「発症してしまった人の認知機能を回復するのは難しいが、発症を予防できる可能性がある」と強調する。
 リファンピシンは特許切れで後発薬が出ているため、安価で患者に提供できる。これまでに結核薬として広く使われているため、安全性もほぼ確認されている。8月に立ち上げたスタートアップ企業のメディラボRFP(東京・中央)が資金を集め、安全性などを詳細に確認する動物実験を進める。
鼻に投与する医療機器を開発し、2年後の臨床試験(治験)開始を目指す。

理化学研究所の西道隆臣チームリーダーらはアミロイドベータの分解を促すたんぱく質の働きを高め、認知症の予防効果を確かめた。
今後、製薬企業と協力して経口薬の開発を進める。
 
脳内にはアミロイドベータを分解する酵素があるが、高齢者や認知症患者では働きが悪くなる。
研究チームは特殊な神経伝達物質が作用する受容体たんぱく質の一つが、酵素の働きを高めることを突き止めた。
受容体を活性化するたんぱく質断片を合成して早期認知症のモデルマウスの脳に投与すると、アミロイドベータの凝集が減った。認知機能も回復した。
 
今後は製薬企業と協力して薬剤の開発を進める。
西道チームリーダーは「たんぱく質を標的とする創薬に取り組む企業は多く、知見の蓄積がある。5年程度で実用化を目指す」と話す。
 
アミロイドベータを分解するたんぱく質製剤の開発に取り組むエーザイは7月、米企業と共同で安全性を確かめる第2相試験の結果を発表。
早期アルツハイマー病患者で病気の進行抑制などの効果があった。
ただ定期的な注射が必要で費用が高く、副作用とみられる脳の浮腫や出血なども発生した。
今後、患者に投与する第3相試験を進めるが、予防に使うには副作用が問題になる可能性もある。
 
従来もアルツハイマー病治療薬の開発を目指してアミロイドベータやタウを標的とした製剤の臨床試験が実施された。
ただ効果が認められて製造販売に至った例はない。
 
厚生労働省によると高齢者の約4人に1人が認知症やその予備軍の軽度認知障害とされる。
認知症患者は2012年で推計462万人で、高齢化が進む25年には700万人前後となる見通し。
家族の介護負担や交通事故の増加、老々介護の破綻による無理心中、金融資産の凍結などが社会問題となっている。
 
アルツハイマー病治療薬の創薬臨床試験で失敗が相次いでおり、製薬企業が撤退する動きもある。
予防薬で患者数が減れば波及する経済効果は大きい。
ただ健康な人が長期にわたって服用し続けることが前提で、安価で副作用が少ないなどの条件を満たすことが必要だ。

参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2018.9.9