認知症と糖尿病

「最近、覚えるのが苦手に」 原因は糖尿病かもしれません

「糖尿病患者さんでは注意力が低下する」ということは、実は以前から報告されていました。
 暗算をするには、
・数字を覚える
・足し算をする
・その間、注意を集中しておく
などの様々なことが要求されます。
こうしたことがうまくいかなくなってしまうというのです。
 
さらに別の研究者たちがよく調べてみると、糖尿病患者さんでは「遂行機能」や情報処理のスピードも低下していることがわかりました。
遂行機能とは、ある仕事を計画立ててやり遂げる力です。
情報処理スピードは、ある決まりに沿った仕事を手際よく行っていく力をさします。

では、こうした能力の低下とはどの程度なのでしょうか? 
約3000人の糖尿病患者さんの認知機能を研究している「ACCORD-MIND (The Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes-Memory in Diabetes)研究」が有名です。
 
認知機能をみる「Digit Symbol Substitution Test (DSST)」という検査があります。
2分間で、1から9の数字(Digit)とさまざまな記号(Symbol)を組み合わせた「お手本」をもとにしながら、数字とセットになっている記号をどれだけ多く正しく書けるかをみる検査です(Wechsler Adult Intelligence Scale <3rd edition>)。
テストを通して、注意力の持続、目の運動能力、学習能力、作業記憶の能力などを統合した認知機能を測ることができます。
 
糖尿病患者さんにこのテストをしてもらった研究では、血糖値の指標であるHbA1Cが1%高くなるごとに、133点満点のこの検査のスコアが1.75ポイント低下しているという結果が出ています。
 
この点数は一見、あまり大きなものではないように感じられるかも知れません。
でも、1.75ポイントの低下は、研究の対象となった患者さんたちが2年間かけて低下する認知機能の程度に相当するものでした。
すなわち、「HbA1Cが1%上がると、2年分の認知機能の低下を経験する」ともいえます。
 
糖尿病があると記憶力が低下するという報告もあります。
記憶には様々な種類がありますが、研究に向いていることもあって、言語を用いた記憶の検査をし、その能力が低下しているとする報告が中心です。
 
ではなぜ、糖尿病患者さんではこうした能力の低下が見られるのでしょうか?
 
この疑問に答えるために、
「糖尿病で見られる症状と画像でみた脳の変化」
http://www.asahi.com/articles/SDI201512074453.html
でも触れましたについてもう一度、考えたいと思います。
糖尿病患者さんの脳においては、前頭葉や側頭葉の萎縮が見られたのでした。

脳の部位のおおまかな位置と機能
前頭葉は主に、注意力や判断力、遂行能力にかかわっています。
糖尿病患者さんではこの前頭葉も萎縮しますので、注意力が低下し[1, 2]、遂行機能や情報処理能力が低下します。
 
情報処理スピードは、例えれば神経回路において電流が流れるスピードのようなものだと考えられます。
長い神経回路の多くは、脳の「白質」という部分を通っています。
糖尿病患者さんではこの白質で細かな異変が起こっています。
この白質の変化も、糖尿病患者さんで情報処理スピードが遅くなってくる理由の一つと考えられます。
 
また、側頭葉は記憶や言語をつかさどっていますので、糖尿病患者さんでは言語性の記憶力が低下することと符合します。
最近、インスリン抵抗性が高い(糖を処理するインスリンが分泌されても効きにくい)人では、脳の前頭葉や側頭葉、頭頂葉での糖の代謝能力が下がっていることが報告されました。
特に、左の側頭葉の内側という場所での糖代謝の低下が、言語性の記憶の低下と関連していたとのことです(左の側頭葉内側は言語記憶の中枢でもあります)。
 
また、アルツハイマー病の患者さんの中でも、血糖のコントロールがうまくいかずHbA1Cの高い患者さんではそうでない患者さんと比べて、
・より周囲に無関心
・過食(食べ過ぎ)ぎみ
・昼間のうたた寝が多い(昼夜逆転のため)
という報告もあります。
こうした症状は、認知症の患者さんにみられる「周辺症状」と共通しています。
 
FINGER試験において、認知症を発症するリスクがあるとされた患者に対して、運動や食事の注意、コンピューターで知的な問題を解くなどの認知トレーニングといった介入によって、遂行機能と処理スピードが改善したしました。
http://www.asahi.com/articles/SDI201512155101.html
 
糖尿病の患者さんでも、同じような介入を試みることで改善効果があるのかどうか、検討が待たれるところです。
より大切なこととして、糖尿病が認知機能の低下にも関係していることを知っていただき、糖尿病にならないよう注意していただけたらと思います。

 
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出典
朝日新聞 2016.4.7