がんゲノム医療、質向上一歩ずつ

がんゲノム医療、質向上一歩ずつ

患者ごとに薬選択、来月保険適用 検査充実や対象拡大が不可欠
患者の遺伝子を調べて、一人ひとりに最適な治療薬を選ぶ「がんゲノム医療」が、6月から国の保険の対象になる見通しだ。
100種類以上の遺伝子を調べる手法などを使い、副作用を抑えて治療効果の高い治療を患者ごとに探す。
ただ保険の対象はまだ一部で、見つかった遺伝子の特徴に合わせて選べる薬の種類も限られるなど、すぐに治療現場が大きく変わるわけではない。

がんゲノム医療は、患者のがん組織や血液を遺伝子解析して多数の特定の遺伝子の特徴を調べ、その特徴にあった最適な治療法を探す新たな医療だ。
がんは様々な遺伝子の異常をもとにできるため、その原因を探るわけだ。承認された検査法では、100種類以上の遺伝子を一度に調べる。

従来のがん治療は、肺や胃、大腸など臓器ごとに使う抗がん剤が決まっていた。
だが実際には、同じ肺がんでも患者によってがんの原因になる遺伝子の異常は異なる。その違いは抗がん剤の効果や副作用の違いに表れることもある。
がんゲノム医療では、そうした遺伝子を網羅的に調べることで、副作用を減らして治療効果が高まると期待されている。

遺伝子114種調べる
国内では2015年に京都大学自由診療で開始したのが初めて。
その後、全国の大学病院などに広がった。国立がん研究センター中央病院(東京・中央)は18年4月、がんゲノム医療で初めて保険診療との併用ができる「先進医療」を開始。
114種類の遺伝子を調べる検査法は、18年末に初めて製造販売の承認を得た。
中外製薬の324種類の遺伝子を調べる検査法とともに、19年6月から国の保険で使えるようになる。

こういった検査は自由診療では最大で約100万円にもなり、国立がん研究センターの先進医療でも約50万円の自己負担となっていた。
国の保険と高額療養費制度を使えば、数万~十数万円に抑えられる。
普及すれば一時的に医療費は膨らむが、患者を絞り込んで無駄な投薬を防げば、中長期的には医療費の削減につながる可能性もある。

ただ保険適用を受けるにはいくつかの条件がある。
「標準治療を一通り受けたこと」「日常生活に支障が無い体力が残っていること」などだ。
国内では年間100万人ががんを発症するが、これらの条件でふるいに掛けると、がんゲノム医療の対象は1%程度の年約1万人にとどまる。

また、こうした遺伝子の検査を受けても最適な治療薬が見つかる患者は限られる。
国立がん研究センター中央病院が先進医療に先立って13~18年に実施した臨床研究では、700人以上の患者のうち、遺伝子の異常に合う治療薬を利用できたのは約10%にとどまった。
がんは様々な遺伝子の異常で起きるが、薬の開発が追いついていないためだ。

データ活用も計画
こうした創薬を促すために、がんゲノム医療で集めたデータを利用する動きがある。
国の計画では、保険で行った検査で得られたがん患者の遺伝子異常や治療効果などのデータについて、患者の同意を得た上で、国立がん研究センターの「がんゲノム情報管理センター」に集約する。まず数万人分のデータを集め、将来は100万人超に増やす計画だ。

治療法が無い患者の遺伝情報を調べ、開発中の薬を試し、結果としてがんゲノム医療の質を高めることを目指す。

国はがんゲノム医療を推進するため、国立がん研究センター中央病院東京大学病院など全国11カ所の「がんゲノム医療中核拠点病院」を設け、これらと連携する156カ所の病院で検査を受けられる体制を築いた。中核拠点病院には検査結果の意味を分かりやすく説明する専門家を置く。

保険適用の利用者は限られる見込みだが、それでも検査や患者への説明、治療への利用などをスムーズに進められる体制作りが課題となっている。
検査法も様々な手法が登場しており、費用や検査内容などに応じて患者が選べるように十分な情報を示す必要があるだろう。
がんゲノム医療は、全てのがん患者を救う「夢の医療」では決してない。
だががん治療の質を高める着実な一歩だ。今後も検査法や検査体制、治療薬の充実など、対象の患者を広げる努力が欠かせない。

参考・引用一部改変
日本経済新聞・朝刊 2019.5.31