国産ワクチン、なぜ遅い 製造経験なく治験長期化 新型コロナ
新型コロナウイルスに対するワクチンの高齢者への接種が12日、始まる。使われるのは海外製で、日本メーカーも開発に着手はしているものの、実用化のめどはたっていない。国産ワクチンは、なぜここまで出遅れてしまったのか。
製造経験なく 治験長期化
大阪府の創薬ベンチャー、アンジェスは昨年6月、国内で最初に新型コロナワクチンの治験を始め、500人が参加した第2段階までの結果を解折中だ。
予定している最終段階の数万人規模の治験を終える時期はわからない。
当初は今春の実用化も期待されていたが、予定より遅れている。
同社の創業者、森下竜一・大阪大寄付講座教授は「感染症でのワクチン開発
の経験がなく、データを積み重ねるのに時間がかかった。海外では政府の援助で新しいタイプのワクチンの基本技術ができており、その差は大きい」という。
高齢者に今回接種される予定のワクチンは、米ファイザー製の「m(メッセンジャー)RNAワクチン」。
ウイルスの遺伝情報を使う新しいタイプで、スピード開発が可能になった。第一三共は、同じタイプのワクチンの治験を今年3月下旬に始めた。
男女152人が参加し、今年中に2回の接種を終え、データがまとまる見込み。
だが、その後に必要となる大規模な最終治験の見通しが立っていない。
4月5日にあった中期経営計画説明会で真鍋淳社長は、「新型コロナ向けだけでなく、将来発生しうる感染症にも利用可能な技術として、mRNAワクチンを確立したい」と話した。
ほかにも着手している国内メーカーは複数あるが、実用化のめどは見えていない。
危機意識の低さ 開発予算は米の1/100
日本のワクチン開発は、海外に比べてどうして遅れたのか。
ワクチンに詳しい北里大の中山哲夫特任教授は、日本でかつてあった「ワクチンギャップ」と、感染症への危機意識の低さを指摘する。
日本では1970年ごろから、天然痘のワクチンなど予防接種後の死亡や後遺症が社会問題になり、訴訟も相次いだ。
92年の東京高裁判決では国が全面敗訴。
それ以降の約20年間は、新しいワクチンの開発や海外からの導入などに消極的になり、使えるワクチンが海外に比べて少ない「ギャップ」の状態が続いた。
海外では2000年ごろから、重症急性呼吸器症候群(SARDS)、エボラ出
血熱、中東呼吸器症候群(MERS)など、死亡率の高いウイルス感染症が次
々と流行。
それに対応するため、ワクチン開発が大きな課題となった。
mRNAワクチンはもともと、がんの治療手段として研究されていたが、新型コロナに応用された。
生物兵器テロの対策として研究が進んだ経緯もあり、欧米のワクチン行政には安全保障策としての側面がある。
健康な人にうつワクチンには高い安全性が求められ、開発には長い時間がか
かる。
日本は安定した需要が見込める定期接種のワクチンを、国の関与のもとで
小規模なメーカーがつくる「護送船団」方式がとられてきた。
ワクチンが主に使われる子どもが減って市場が縮む中、国からの支援は乏しく、企業の開発意欲も高まらず、研究開発が進まい構造が続いた。
新型コロナを受け、米国は当時のトランプ政権が「ワープスピード作戦」を
掲げ、有望なワクチン候補に1兆円規模の資金を投じた。
日本政府もこれまでに、治験の結果を待たずに企業の量産体制を支援する
などしてきたが、開発支援のための当初の予算額は100億円と、単純計算で100倍ほどの開きがあった。
この差が、開発遅れの決定打となった。
日本人は副反応への懸念などから、ワクチンに対する信頼度が一般的に低いとされている。
ある専門家は、「国は、ワクチンの開発をどう支援するかについて、『まず世論の動向を見極めてから決める体質になっていたのではないか」とみる。
中低所得国にワクチンを行き渡らせることも大きな課題だ。
日本が開発力を高めることは、国内での「自給自足」だけでなく、こうした国にワクチンを供出できることにもつながる。
新型コロナンワクチンの公平な分配を独立した立場で検証する世界12人の委員の1人、国立国際医療研究センターの蜂矢正彦医師は「新型コロナは日本だけでなく、世界共通の問題だということも忘れないでほしい」と話す。
製薬大手ファイザーと独ビオンテックが開発した新型コロナウイルスワクチンについて、2社は9日、現在16歳以上を接種対象としている緊急使用許可
を、12~15歳にも広げるよう米食品医薬品局(FDA)に申請した。
承認されれば、12~15歳が接種できる初めてのワクチンになる。
このワクチンは日本でも16歳以上だけが承認されている。
2社は今後、世界各国で同様の申請をする。
2社は先月末、12~15歳を対象とした米国での臨床試験の結果を公表。
有効性があり、深刻な副反応がないことを確認していた。
先月からは、6ヵ月から11歳の子どもでの有効性について調べる臨床試験も始めている。
米疾病対策センター(CDC)によると、米国では65歳以上で約77%、18歳以上では44%が少なくとも1回接種を受けた。
19日からは全米のすべての成人が接種対象となる見込みだ。
12~15歳を接種対象とすることについて田村・厚労相は、2社から承認申請があれば、医薬品の審査をする医薬品医療機器総合機構(PMDA)での議論、判断を踏まえ、「接種に向けて準備に入っていく」と話していた。
参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2021.4.11