色の差で早期がん発見

= 内視鏡治療導く新技術 =
体内に入れたビデオスコープで、胃や腸などの病変を探り出す内視鏡診断。
血管を色調の違いで強調して、がんを突き止める「狭帯域光観察」(NBI)と呼ばれる
新たな観察方法が広がる。
食道や咽頭などの早期がんを発見し、内視鏡治療に結びつけることへの期待が高まっている。


■ '''内視鏡によるがん治療''' 
ワイヤで病変をひっかけて切り取る「内視鏡的粘膜切除術」(EMR)や、電気メスではぎ
取る「内視鏡的粘膜下層剥離(はくり)術」(ESD)がある。
 80年代から始まったEMRの対象病変は大きさ2センチ以下。
ESDは2000年以降に広まり、より大きい病変の切除が可能になった。
ESDは胃がんで2006年に公的保険の対象になり、今年4月から食道がんにも広がった。



横浜市で設備エ事業を営む男性(54)は3年前、胃がん治療の経過をみるため受けた
内視鏡検査で、大きさ1ミリほどの食道がんが見つかった。
内視鏡の先に取り付けた小さなワイヤで、粘膜の表面にできた病変をひっかけて切り取る
治療を受けた。
 
治療時間は数分。
念のため1日入院しただけで済み、その後も経過は良好だ。
「痛みも何も残らなかった。早期で見つかって良かった」
 
口やお尻から内視鏡を入れて、がんを切除する治療が広がっている。
開腹手術や、腹に穴を開ける腹腔鏡手術より体の負担が少ない。
粘膜の表面にとどまっている早期がんが対象だ。
 
がんが小さなうちに内視鏡で見つけるのは、知識と経験が必要。
だが、NBI技術の広がりで、その常識が変わりつつある。
「病変の特徴が分かっていれば、5ミリ以下の微小がんも容易に見つけられる」と、男性
が治療を受けた昭和大横浜市北部病院の井上晴洋准教授。。

NBIは、2006年に開発された内視鏡用の画像技術だ。
がんが成長する時に、毛細血管が粘膜表層部に張り巡らされるという特徴に着目。
内視鏡に特別な光源装置を取り付け、毛細血管を強調して映し出し、血管の走り方を見え
やすくする。
医師は手元のスイッチで、NBIと通常の画像を切り替えられる。

NBIによる画像は、二つの波長光により描き出される。
一つの波長光は、粘膜の表層部の毛細血管をとらえて茶褐色に、もう一つの波長光は、
そのわずか下にある太め
の血管をとらえて青や緑色に見せる。
医師はその画像をさらに拡大しながら、毛細血管の走り方を見定める。
 
同病院では医師になって3年目の医師が、NBIを使って大きさ4ミリの食道がん
見つけた実績もある。
「毎年のように内視鏡検査を受けているのに病変が見逃され、腹腔鏡手術や開腹手術を
せざるをえない患者が時々いる。
NBIが定着すれば、検査技術の底上げになる」と井上さんは説く。

2006年の発売以来、NBIを使う医療機関は全国約1500まで増えたという。

'''研究途上の部位も'''
効果を上げているのが、進行後に見つかることが多かった咽頭(のど)のがんだ。
これまで内視鏡検査の対象と認識されていなかったが、食道
や青の検査のためのNBIで、のどの病変も早期に見つかるようになり注目が集まった。
 京都大の武藤学准教授らは、首都圏の5医療機関でNBIと通常の内視鏡で検査を受けた
患者計320人について咽頭がんの検出率を調べ、昨年発表した。
その結果では、通常で咽頭がんがみつかったのは1人だったのに、NBIは15人。
「食べにくくなったり声を失ったりするのどの手術は、生活の質を大きく下げる。内視鏡
取れる段階で見つかる意義は大きい」
 
食道がんの分野も期待は高まる。
これまでの臨床研究の積み重ねにより、毛細血管の走り方によって病変の状態や進行具合を
見分けられるほど、分類されている。
この分類が、NBIで毛細血管が強調された画像で確認しやすくなり、がんが小さな段階
でも、多くの医師が正確に診断できるようになった。
 
大腸がんの場合、国立がんセンター東病院(千葉県柏市)時代にオリンパスと共同でNBI
の開発に携わった佐野寧・佐野病院長(神戸市)が、血管分類による診断手法を提唱する
など研究が進んでいるところだ。
 
一方、胃がんは、NBIによる利点が限られている。
胃の粘膜は構造が複雑で、炎症を抱えている人も多い。
見えている血管の状態が病変によるものなのかが見分けにくく、食道がんのような分類を
難しくさせているという。
 
国立がんセンター中央病院内視鏡部の野中哲医師は、「NBIは、咽頭や食道など粘膜が
平らで炎症がなく、狭い部位に適している。
だが、胃のように診断法が固まっていない部位もあり、今後、さらなる症例や診断などの
データの積み重ねが必要だ」という。
さらに「NBIはより正確な診断に必要な情報を補うという意味で役立つが、早期がんが
すべて発見できるように思うのは禁物です」と指摘している。


出典 朝日新聞・朝刊 2008.6.15
版権 朝日新聞社