体内時計、がん予防・治療に ― 増殖時間に薬投与し効果

この度の東北地方太平洋沖地震により被災されました方々に、心よりお見舞い申し上げます。
犠牲になられた方々、そしてご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申し上げます。
また、福島第一原発事案(事故)で避難中の方々、そして計画停電中の首都圏の方々にお見舞い申し上げます。
また、被災者支援や原発復旧作業などの災害対策に全力を尽くしてみえる皆様に敬意を表します。


人間の細胞には約24時間の時を刻む体内時計がある。
この時計を制御する遺伝子に狂いが生じると、がんになりやすいとされる。
山口大学佐賀大学は体内時計の乱れを簡単に測定する方法を開発、がんの予防や治療に役立てる道を開いた。
九州大学はがん細胞の増殖に関わるたんぱく質に着目した治療法の開発を進める。
体内時計を利用した時間治療はがんの予防や治療に新境地を拓(ひら)く可能性を秘める。
 

「1週間ごとに早番と遅番を繰り返す労働者の体内時計を調べたら、常に時差ぼけの状態になっていることがわかりました」。
山口大学の明石真教授らは、ある工場で昼夜交代で働く労働者の体内時計の状態を調べ、こんな結果を得た。
 
体内時計の状態を測定するため、頭髪の根元にある細胞を薬剤で溶かし、時計遺伝子の活動状況の指標になるメッセンジャーRNA(リボ核酸)の量を測る方法を開発。
早番と夜番を1週間ごとに繰り返す人の体内時計のリズムを調べた。
起床時間は約7時間早くなったり遅くなったりしていたのに対し、時計遺伝子の活動が最も活発になるピークは2時間程度しか前後に変化していなかった。
 
交代勤務労働者などはがんになるリスクが高いという研究報告があるが、明石教授は「体内時計のリズムの乱れが原因であることが示唆される。
体内時計を測定して時差ぼけにならないような交代制を組めば、がんになるリスクを低くできる」という。
 
がん細胞が時間によってどう変わるかに注目した研究も進む。
九州大学大学院薬学研究院の大戸茂弘教授らは、がん細胞の増殖にかかわるトランスフェリン受容体と呼ぶたんぱく質に約24時間のリズムがあり、c-mycというがん遺伝子が制御していることを突き止めた。
 
結腸がんの細胞をネズミに移植してトランスフェリン受容体ががん細胞の表面に現れる量を測定したところ、夜の9時に最も多く現れることがわかった。
大戸教授は「時計遺伝子に異常が起きて、がん遺伝子を目覚めさせ、トランスフェリン受容体が多く作られるようになるのではないか」と推測する。
 
大戸教授らは、トランスフェリン受容体ががん細胞の表面で増えたり減ったりするリズムを指標にしたクロノドラッグデリバリー(時間薬物送達)システムという新しい抗がん剤の治療法を開発した。
 
抗がん剤を脂質の膜で球状に包み込み、その表面にトランスフェリンをくっつけた薬剤を、午後9時にネズミに投与したところ、午前9時に投与したネズミより、がんの大きさが3割程度小さくなっていた。
薬剤のがん細胞への取り込み量も午後9時に投与したネズミの方が多かった。
「今後も動物実験を重ねて、時間薬物送達システムを使ったがん治療につなげたい」と大戸教授は話す。
 
がんの時間治療をすでに始めた病院もある。
横浜市立大学医学部付属病院では、がん細胞と正常細胞が増殖し始める時間のずれを利用した時間治療に取り組む。
対象は進行性の大腸がんでがんが肝臓に転移し、手術できないほど大きくなった患者に限られる。
 
太ももの動脈に細い管を入れて、肝臓に直接、抗がん剤を投与する。
がん細胞が活発に活動し始める午後10時から5―FUとアイソボリンという2種類の抗がん剤の投与を始め、午前4時に投与量が最も多くなるようにし、午前10時まで肝臓に注入する。
午後4時には別の抗がん剤シスプラチンを入れる。
 
「正常細胞への影響が少なく副作用がほとんど出ないので抗がん剤の量を5日間で1.5倍に増やせ、切除可能な大きさまでがんを小さくできる」と同大医学部の田中邦哉准教授は説明する。
 
横浜市大ではこれまで70人に時間治療を実施。
56人が手術で肝臓のがんを切除することに成功した。
「これまで救えなかったがん患者が、時間治療で救えるようになった意義は大きい」と同大医学部の遠藤格教授は強調する。
 体内時計の研究が進み、様々な時間薬物送達システムが開発されれば、様々ながんに対して副作用が少なく、より効果的な治療が実現できるようになるかもしれない。
(佐賀支局 西山彰彦)


体内時計 体のすべての細胞に存在 
睡眠や血圧、体温などのリズムを約24時間の周期で制御する仕組み。
リズムを刻む本体は目からの視神経が交差する脳内の視交叉上核にあるとされてきたが、体のすべての細胞にも存在することが最近、明らかになった。
 
体内時計は光によって常にリセットされているが、不規則な生活などにより体内時計に乱れが生じると、睡眠障害や高血圧、糖尿病、がんなどにかかるリスクが高くなるとされる。
体内時計は時計遺伝子が制御する。哺乳類の時計遺伝子は1997年に発見され、これまでBmall 1やPeriod 3など十数種類が見つかっている。





出典 日経新聞・朝刊  2011.2.27
版権 日経新聞




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