変わる歯磨きの常識

食後すぐの歯磨きはNG 虫歯予防の新常識

「冷たい水がしみて耐えられない」。
痛みを訴えて来院した20代女性の口の中を見ると、まるで歯科器具で削ったかのような丸っこい奥歯があった。
歯の表面のエナメル質が減り、中の象牙質が見えていた。

聞いてみると女性はコーラ飲料が大好きで、しかも飲み込む前にいったん奥歯の近くにためるクセがあった。
コーラ飲料はとても強い酸性。
体の中で最も硬いとされるエナメル質も、酸性では軟らかくなり溶け出す。頻繁に強い酸性にさらされればすり減る。
食習慣と飲み方のクセで起きた『酸蝕歯(さんしょくし)』」だ。

虫歯、歯周病に続く第3の歯の病気として注目される酸蝕歯。
欧米では20年前から対策がとられてきた。
食生活の欧米化に伴い酸性の飲食物が増えた日本でも6人に1人は何らかの症状があるとされる。
タイミングを間違えた毎日の歯磨きが歯のすり減りを加速させることも分かってきた。

口の中が酸性になっても、唾液の力で中和されて溶けたエナメル質も復活する。
ただし、30分ほど時間がかかる。食後すぐに歯をゴシゴシと磨くと軟らかくなったエナメル質を削り落としかねない。
とはいえ、自分が食べた食事が酸性かどうか見分けるのは難しい。
食後は歯磨きまで30分ほど置くのが安全策という。

体を思って毎日とる黒酢やかんきつ類、夏の熱中症予防に小まめに飲むスポーツ飲料など、酸性の飲食物は意外に多い。
歯も気遣って口の中が酸性の時間はできるだけ短くしたい。
ダラダラ飲食を控える、酸性と分かっている飲み物はストローで飲む、飲食後は水やお茶で口の中を軽くすすぐ、といった予防策がある。

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歯を磨くタイミングだけではなく、回数についても常識は変わりつつある。
よく「毎食後すぐに3分間」といわれたが、なんとなく3回磨くよりも1日1回、特に寝る前に口の中から徹底的に汚れを出すことが大事。

歯を磨く一番の目的は、虫歯や歯周病の原因菌の住みかになる歯垢(しこう)を取り除くこと。
歯の表面につく黄色いねっとりしたものだが、今のところ歯ブラシなどで物理的にこすり落とすしかない。

口の中の食べカスが歯垢になるまで48~72時間かかる。
毎食後に歯を磨けなくてもまだ間に合う。
寝ている間は唾液が減って口の中の菌が増えやすくなるので、寝る前に口の中をきれいにするのが効率的だ。
磨き方は、歯ブラシの軟らかい毛先をうまく使って歯垢を取るスクラッビング法やバス法などが最近主流だ。

ただ、何時間がんばっても歯ブラシで落とせる歯垢はせいぜい60%。
限界もある。
それが歯と歯茎の狭いすき間まで届くデンタルフロスを使うと86%まで上がる。
海外ほど浸透していないフロスだが、日々の手入れに取り入れれば効果はずいぶん高まる。

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フッ素の活用も
歯磨き粉についても考え方は変わってきた。
かつては研磨剤が歯を傷つけることや、素早い泡立ちが磨けた気にさせることなどで否定的な意見が多かった。
最近は技術の進歩で研磨剤なしでも汚れが落とせるようになり、歯を丈夫にするフッ素入りも増えた。
成分表を見れば簡単に分かるのでフッ素を大いに活用すべきだ。

2センチメートル大の歯ブラシのヘッドなら、その3分の2くらいにたっぷり歯磨き粉を絞り出して歯茎に塗り込む感覚で使う。
水で流れないように磨いた後の口のすすぎは最小限に抑える。
低濃度でも歯が長時間フッ素に接することで効果があるので、毎食後に歯を磨ける人は歯に小まめにフッ素を与える機会になる。

時にはプロの助けを借りて日々の手入れが行き届いているか確認することも必要だ。
歯石取りを兼ねるなど、せめて半年に一度は歯科医院で状態を見てもらうとよい。

◇            ◇

忙しい時、ガムをかむ手も
忙しくて歯を磨けないときに緊急策として使えるのがガムだ。
唾液が出て口の中の汚れを流してくれる。
砂糖不使用やフッ素入りのガムもある。水道水にフッ素を入れるなど海外には日本と比べてフッ素を虫歯の予防に積極的に使う国が多い。
長時間かみ続けられるガムなら、同じような効果が期待できる。

奥歯まで1本ずつ歯を丁寧に磨くために歯ブラシは小さめのヘッドがいいとされてきた。
ただ、小刻みな動きが苦手な人には使いこなすのが難しい。
そんな人向けに一度に広い面積を磨けるように細くて軟らかい毛をたくさん使った大きめヘッドの歯ブラシもある。
歯科医院など限られた場所でしか売っていない道具もあるので、自分に合うものが何か通院時に相談してみるのも手だ。 (鴻知佳子)

出典 日経新聞・朝刊 (日経プラスワン) 2012.2.11(一部改変)
版権 日経新聞


<関連サイト>
歯磨きと心血管疾患の関係
http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy/archive/2010/08/11

<参考>
正しい歯磨きの効果は 10日間続けてみると…
出典 日経新聞・朝刊 2011.10.7
■40代初めは歯磨きを見直すいいタイミング。
歯垢(しこう=プラーク)が招く歯ぐきの炎症が問題になるのがこれからの年齢。
■歯の根元を支える歯槽骨は年齢とともに劣化する。
一方で40代も半ばになると20代、30代より体の抵抗力が落ち、歯ぐきに炎症が起きやすくなる。
こうした歯の回りの組織を壊すのが歯垢に潜む細菌だ。
放置すれば歯槽のう漏を患って大切な歯を失いかねない。
■基本は歯ブラシの毛先をしっかり歯に当て、歯ぐきではなく歯を磨く。
「歯を」磨くことで歯と歯の間、歯と歯ぐきの間にたまる歯垢がとれる。
1~2本の歯に毛先を当て、細かく振動させるように30回ほど動かすのがコツだ。
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■力加減は「新品の歯ブラシを当てて痛くない程度。
■歯ブラシでは対応できない歯の間の掃除に、1日に1回は細い糸のデンタルフロスを使う。
「食後に爪ようじが必要と感じる」くらい歯と歯の隙間が空いていれば、ワイヤに細かいナイロンの毛が付いた歯間ブラシの出番。
■少なくとも毎食後の歯磨きのうち1回は、15分以上かけて隅々まで磨くとよい。
歯周病は歯肉炎と歯周炎に大きく分かれる。
歯垢の中にあるブドウ球菌、双球菌などの細菌によって歯ぐきに炎症が起きたのが歯肉炎。
症状が進み、歯ぐき、歯槽骨や歯根膜まで炎症が広がったのが歯周炎だ。
歯周炎が進むと歯槽骨がなくなり、歯はぐらつき、抜け落ちる。
■健康な歯の歯周ポケットは1~2ミリ程度と浅い。
そこに入り込んだ歯垢を残したままにすると歯周病が進み、ポケットは深く、さらに歯垢がたまりやすくなる。
最近の調査では20代の8割が歯周病を患い、小学生でも4~5割は軽度の歯肉炎を中心とした歯周病という。
歯の表面の歯垢は野菜をかじることなどでも取れるが、ポケット内部の歯垢や歯石は歯科でないとなかなか取れない。

口内の粘り、歯周病の原因
出典 日経新聞・朝刊 2011.6.26
■周病の主な原因はデンタルプラーク、すなわち歯垢(しこう)で、これは細菌が集まった「バイオフィルム」と呼ばれる。
バイオフィルムはヌルヌルとしたもので、台所や風呂場の排水口でよく見られる。
加湿器などで肺炎の原因になるレジオネラ菌バイオフィルムを形成する。
動物や植物だけでなく、金属やプラスチックなどの無機質でも、表面と水分があれば微生物が層状に集まり、ネバネバした物質を分泌して固まる。
口の中にできる歯垢は口腔バイオフィルムの一つだ。
■口腔バイオフィルム歯周病だけではなく、口臭の主な原因である舌苔(ぜったい)や口の粘つき、虫歯など口内の様々なトラブルの原因になる。
清潔にしても口の中には100億個近い細菌がいる。
歯や歯ぐきなどの表面があり、唾液があるからバイオフィルムができる環境がある。何より栄養が豊富な食べかす(食物残渣)がたくさんある。
■江戸時代に虫歯があったか。
答えは「否」である。
虫歯はストレプトコッカス・ミュータンスという細菌がバイオフィルムを形成して歯の実質を欠損させる。
培養実験ではミュータンス菌はシュクロース(砂糖)が無いとバイオフィルムを作れない。
江戸時代は一部の人を除いて砂糖はあまり使わなかったから、虫歯の原因になるミュータンス菌のバイオフィルムができにくかったのだろう。
■体には免疫がある。
免疫反応は多種多様であるが、主なものとしてはマクロファージ(大食細胞)による異物を非自己、つまり抗原として認識し貪食する。
バイオフィルムのヌルヌルはEPS(細胞外多糖体)だが、これがバリアーになってマクロファージが非自己と認識できなくなる。
バイオフィルムは体の免疫機構をうまくすり抜ける。
■口腔バイオフィルムができてもすぐに洗い流せばあまり問題は無い。
しかし、高齢者は唾液の量が少なくなり、口内の洗い流しがあまり働かない。
口腔バイオフィルムがたまりやすい。高齢化による短所がこんなところにも出ている。

<私的コメント>
虫歯で抜歯は仕方ないとして、奇麗で見事な歯が歯周病でポロッととれてしまうのは、ご先祖様にも何だか申し訳ない話です。
もちろん本人としても納得がいきません。

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京都・平安神宮門前 2012.4.15 11.58 撮影
(今となっては桜が懐かしく感じます。東北では満開なのでしょうか。)


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