再生医療で髪の毛フサフサ

フサフサ育つ再生医療 幹細胞培養し移植、頭皮1センチ角から1万本

おでこや頭頂部にかけて髪の毛が薄くなる男性型脱毛症。成人男性の3人に1人が悩んでいるともいわれる。
最近は発毛を促す薬に加え、再生医療でフサフサの状態を取り戻そうという試みが始まっている。

男性型脱毛症の原因は、頭皮の中にある「毛包(」という器官の働きに深く関係している。
 
毛包は髪の毛を作る工場のような器官だ。
根元にあるスイッチ役の毛乳頭細胞が指令を出し、毛髪をつくる毛母細胞が分裂を繰り返す。
毛母細胞はケラチンというたんぱく質を蓄積しながら次々と死んでいき、上に押し出されて髪の毛になる。
 
正常な髪の毛は、毛母細胞が活発に分裂する「成長期」から、成長が止まる「退行期」、古い毛髪が抜ける「休止期」というサイクル(毛周期)を繰り返しながら生え替わっていく。
 
ところが、男性型脱毛症の人では、このサイクルに異変が起きている。
通常は2~6年ほど続く成長期が極端に短く、数カ月から1年程度で退行期に。その結果、髪の毛が十分に成長せず、細くて軟らかい状態のまま抜け落ちてしまう。
 
サイクルを早める原因の一つは、睾丸や副腎などで作られる男性ホルモンのテストステロンだ。
遺伝や体質などの個人差もあるが、血液の巡りで毛包に運ばれると、酵素の働きで別の物質に変わり、毛乳頭細胞にある受容体にくっついて、毛髪の発育を抑える物質を分泌させる。
 
薄毛の仕組みが分子レベルで理解されるようになり、新たな治療薬の登場につながった。
内服薬の「フィナステリド」「デュタステリド」は、テストステロンに関わる酵素の働きを阻害して薄毛の進行を防ぐ。
塗り薬の「ミノキシジル」は、毛乳頭細胞を活性化させる効果が知られている。
ただ、脱毛症が進んでしまうと、毛母細胞や毛乳頭細胞が反応しにくくなり、薬が効きにくくなる限界もある。

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新たな切り札と期待されるのが、失われた毛包の働きをよみがえらせる再生医療だ。
 
理化学研究所生命機能科学研究センターの研究チームは、マウスのひげの毛包にある「上皮性幹細胞」と「間葉性幹細胞(毛乳頭細胞)」の2種類の幹細胞を取りだして培養。
それぞれを集めて密着させ、毛包のもとになる「再生毛包原基」と呼ばれる組織を作った。
生まれつき毛のない別のマウスの背中に移植したところ、背中から毛が生えたという成果を2012年に論文発表。
世間を驚かせた。
 
チームは、19年度にも脱毛症の男性らに試す臨床研究を始める目標だ。
薄毛が進んでいる場合でも、男性ホルモンの影響を受けにくい後頭部では、太い毛髪が残っている。
その毛包から2種類の幹細胞を取り出せれば、再生毛包原基を培養できる。
大量に増やして薄毛の部分に移植すれば、移植先の頭皮で発毛すると考えている。
 
実際に、ヒトの毛包から2種類の幹細胞を取りだして増やすことに成功。
数年の試行錯誤の末、効率良く増殖させる生理活性物質を見つけた。
京セラなどと共同で、高品質の毛包原基を大量につくる自動化装置の開発も進めている。
 
正常な頭皮を切り取って薄毛の部分に移植する「自毛植毛」という治療法もあるが、この方法では頭皮全体の毛髪の本数は増やせない。
 
一方、毛包を増やす再生医療なら、わずかな面積の頭皮からとった組織を大量に増やして移植し、毛髪の数を増やせる利点がある。
頭皮1センチ四方から、薄毛をカバーするのに十分な1万本の毛髪を再生するという。
 
辻さんは「毛髪の再生は夢ではなく、現実と言える段階が目の前まで来ている」と話す。

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横浜国立大の福田淳二教授(生物工学)も、幹細胞を使って毛包を作り出す別の手法に取り組んでいる。
 
直径1ミリのくぼみがある特別な培養器に、バラバラにした2種類の幹細胞を入れて毛包原基を作り出した。

従来のプラスチック製の容器では、細胞に酸素が行き届かず培養の効率が悪かった。
酸素をよく通すシリコーン製にすることで、一度に大量の組織を作れるようにした。
 
マウス実験で、作製した毛包原基を背中の皮膚に移植し、毛が生えてくることを確認。
男性型脱毛症の患者の毛包を使ってマウスに移植する研究を今年4月から始めるなど、ヒトへの応用に向けて準備を進めている。

福田さんは「5年以内に臨床研究をしたい」としている。
 
新しい毛を生み出すこれらの研究とは別に、細く短くなった毛を太く長くすることでボリュームを増やす研究もある。
 
東京医科大の坪井良治主任教授(皮膚科学)は、東邦大や資生堂と共同で、男女66人を対象にした臨床研究を2年前に開始して効果を調べている。
 
後頭部から直径数ミリの頭皮を採取し、毛根にある特殊な細胞を取り出して培養する。
この細胞には、毛包の働きを再び活性化させる作用があると考えられている。
増やした細胞を頭皮に戻すと、太い髪の毛が育つサイクルが回復する可能性がある。
 
坪井さんは「自分の細胞を培養して移植するので、拒絶反応などのリスクが小さい。女性も含めて幅広い人に応用が期待できる」と話している。

<iPS細胞にも可能性> 
理化学研究所などのグループは2016年、マウスのiPS細胞から毛包や皮脂腺などを含む「皮膚器官系」を再生する技術を開発した。
再生した毛包などを別のマウスに移植すると、神経などの周囲の組織と融合した。
将来、iPS細胞も毛髪の再生に役立つようになるかも知れない。

参考・引用
朝日新聞 2018.5.28