鼠径ヘルニア

ある日のこと。
60歳代後半の女性が当院に手術の相談ということで来院されました。
1週間前から右の下腹部にしこりがあることに気づいたとのことでした。
子宮筋腫もあるため産婦人科を受診し、その先生にヘルニアといわれたとのことでした。
先生に手術してもらえる病院を紹介して欲しいとのことでした。
手術はそれほど難しいものではないということ、そして日帰り手術
も出来るということを説明して紹介状を書きました。
ご本人の話では最近仕事で重い物を持つことが多くなったこと、そして立つと出て来て、横になると引っ込むとのことでした。
子宮筋腫も関係しているかも知れないと思いながら、まさに典型的な
鼠径ヘルニアのお話をご本人から聞くことができました。

以下に、この「鼠径ヘルニア」をまとめてみました。

鼠径(そけい)ヘルニアについて
鼠径ヘルニアは子供の病気と思われがちですが、むしろ成人に多く、手術以外、治療方法がありません。
痛みも少なく短期入院で済む新しい手術方法が普及してきており、生活の質を考慮すれば、積極的に治療した方が良い病気です。

鼠径ヘルニアとは

この「鼠径」とは、太ももの付け根の部分のことをいい、「ヘルニア」とは、体の組織が正しい位置からはみ出した状態をいいます。
頚椎や腰椎の椎間板に同じようなことが起こったのが頚椎・腰椎ヘルニアです。
「鼠径ヘルニア」とは、本来ならお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が、多くの場合、鼠径部の筋膜の間から皮膚の下に出てくる病気です。
<鼠径ヘルニアの症状>
初期のころは、立った時とかお腹に力を入れた時に鼠径部の皮膚の下に腹膜や腸の一部などが出てきて柔らかいはれができますが、普通は指で押さえると引っ込みます。
鼠径部に何か出てくる感じがあり、それがお腹の中から腸が脱出してくるので「脱腸」と呼ばれています。
次第に小腸などの臓器が出てくるので不快感や痛みを伴ってきます。はれが急に硬くなったり、押さえても引っ込まなくなることがあり、お腹が痛くなったり吐いたりします。
これをヘルニアのカントン(嵌頓、かんとん)といい、急いで手術をしなければ、命にかかわることになります。
この時の症状は激しい痛みや吐き気などです。

鼠径ヘルニアになる原因と種類

鼠径部にはお腹と外をつなぐ筒状の管(鼠径管)があり、男性では睾丸へ行く血管や精管(精子を運ぶ管)が、女性では子宮を支える靱帯が通っています。
年をとってきて筋膜が衰えてくると鼠径管の入り口が緩んできます。お腹に力を入れた時などに筋膜が緩んで出来た入り口の隙間から腹膜が出てくるようになり、次第に袋状(ヘルニアのうといいます)に伸びて鼠径管内を通り脱出します。
鼠径部の下、大腿部の筋肉、筋膜が弱くなって膨らみが発生するヘルニアを大腿ヘルニアといいます。

鼠径ヘルニアになりやすい人

鼠径ヘルニアは、乳幼児の場合はほとんど先天的なものですが、成人の場合は加齢により身体の組織が弱くなることが原因で、特に40代以上の男性に多く起こる傾向があります。
乳幼児でも中高年でも鼠径ヘルニア患者の80%以上が男性ですが、これは、鼠径管のサイズが女性は男性より小さく、比較的腸が脱出しにくいためと考えられています。
また、40代以上では、鼠径ヘルニアの発生に職業が関係していることが指摘されており、腹圧のかかる製造業や立ち仕事に従事する人に多く見られます。
便秘症の人、肥満の人、前立腺肥大の人、咳をよくする人、妊婦も要注意です。
米国では鼠径ヘルニアで受診する人が年間80万人もいるといわれ、専門の外科医がいるほど一般的な病気です。
日本では14万人と推定されていますが、多忙のため我慢していたり、「恥ずかしい病気」のイメージがいまだにあって、受診を渋っている潜在的な患者もかなり多いと推定されます。

鼠径ヘルニアの治療法について

鼠径ヘルニアの治療方法は手術しかありません。
鼠径ヘルニアの手術には人工補強材が必要なタイプとそうでないタイプがあり、ヘルニアの種類や病状により選択されます。ここでは代表的な手術方法を紹介します。
1)従来法(バッシーニ法)
約100年前から行われている方法で、人工補強材を使用しません。
鼠径管の口を縫い縮め、腹部の筋肉や筋膜を糸で縫い合わせることで補強します。
この方法で補強すると縫い合わせた筋肉や筋膜の部分に“つっぱり”ができ、術後の痛みやつっぱり感の原因になることがあります。
また、加齢によってさらに筋膜が弱くなると再発することがあります。
再発率は約2~10%と報告されています。
術後は2~3日は安静にし、5~7日くらいの入院が必要です。
2)メッシュ&プラグ法
周りの組織を引き寄せるかわりに人工補強材(ポリプロピレン製メッシュ)で出来た傘状のプラグ(栓)を鼠径管の口や筋膜の弱い部分に入れて補強する方法です。
術後のつっぱりをなくすために1990年代になり開発され、現在日本で最も多く用いられている方法です。
全身麻酔の必要はなく、手術も短時間(約1時間)で済みます。
普通は腰椎麻酔(半身麻酔)で行いますが小児の場合は全身麻酔で行います。
下腹部の皮膚を5~8cm程度切開してヘルニアの袋を根元で縛ったあと切開し、飛び出していた内臓はもとに戻します。
再発率は低く(1~5%ぐらい)、術後よりすぐに歩行が可能です。
短期入院または日帰り手術が可能です。
また最近ではヘルニアの状態により傘状のプラグ(栓)だけでなく、クーゲルパッチ(形状記憶型メッシュ)やダイレクトクーゲルパッチと呼ばれる平らなパッチを補強材として使用する場合もあります。
この方法は皮膚切開のキズも少なく、メッシュの移動やたるみが少ない理想的な手術法といわれています。
またつっぱりや異物感が少ないため日帰り手術が可能で、治療費も節約できます。
皮膚切開部に生体用瞬間接着剤を用いると抜糸がいらず、手術当日から入浴できます。


上記文章は
ヘルニア倶楽部
http://www.hernia.jp/hernia.html
http://www.hernia.jp/hernia2.html
の一部を改変して引用させていただきました。




<参考サイト>
成人鼠径ヘルニア
http://www.pref.nara.jp/nara-h/doctor/section/geka/hernia.htm

鼠径ヘルニア 「このふくらみは何だろう」と思ったら
http://www.suita.saiseikai.or.jp/kakehashi/geka/no-2/sokei.htm
図入りでわかりやすく解説されています。

鼠径ヘルニア最新メッシュ治療
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/sa540401.htm



医療専門のブログは別にあります。
井蛙内科開業医/診療録 
http://wellfrog.exblog.jp/
(内科専門医向けのブログです)
葦の髄から循環器の世界をのぞく
http://blog.m3.com/reed/
(循環器専門医向けのブログです)