正しく知り迷信と決別
生涯に何らかのがんを発症する確率は、2010年時点のデータで男性が60%、女性が45%だ。
この「生涯累積がん罹患リスク」は高齢化に伴って毎年1%程度ずつ上昇しており、今や日本の男性の3人に2人が、がんになる時代といえる。
しかし、日本人のがんに関する知識は不十分だ。
遺伝性のがんは全体の5%程度で「がん家系」は例外的だ。
また、焼き魚などの「焦げ」を心配する人も昔から多くいる。
内閣府が09年に公表した「がん対策に関する世論調査」によると、がん予防のために実践している生活上の注意点のトップは「焦げた部分は避ける」(43.4%)で、「たばこは吸わない」(42.7%)を上回っている。
しかし、焦げだけを毎日食べ続けないかぎりは、がんが増えることはまずない。
焦げから抽出した化学物質をネズミに大量に投与した結果、がんが増えたという実験データが大きく報道されたことから生まれた「迷信」だ。
焦げを多く食べる人にがんができやすいという疫学データは存在しないし、焼き肉の焦げも大丈夫だ。
日本人の場合、白人と違って、日焼けによる皮膚がんも気にする必要はない。
むしろ、適度に日光を浴びることでビタミンDが活性化されて骨が強くなる。
「活性型ビタミンD」はがんを予防する効果もある。
北国にがんが多い理由の一つは日照時間の少なさだと考えられている。
かつて、コーヒーは膵臓がんなどを増やすといわれていたが、現在、肝臓がんなどに対して予防効果を持つことが確実視されている。
サプリメントは、がんを増やすこともあるので要注意だ。
日本で人気の陽電子放射断層撮影装置(PET)による検診は欧米では実施されていない。
本来なら、大腸がんに対する検便など、医学的根拠のあるがん検診を積極的に受けるべきだが、日本人の受診率は欧米の半分以下だ。
「世界一のがん大国ニッポン」はがん対策が遅れているといわざるを得ない。
この背景には、日本人ががんを知らないという問題がある。
執筆 東京大学病院・中川恵一 准教授
日経新聞・朝刊 2019.9.14