「光遺伝学」で失明患者の視力回復

「光遺伝学」初の治療応用 失明患者の視力回復

光を使って細胞の働きを制御する「光遺伝学」を治療に応用する取り組みが進む。

スイスのバーゼル大学などは臨床試験で失明した患者の視力を回復することに初めて成功した。

脳研究を変えたといわれる技術が、医療でも活躍するかもしれない。

 

5月に米科学誌ネイチャー・メディシンに掲載された論文が注目を集めた。

バーゼル大とフランスのスタートアップ、ジェンサイト・バイオロジクスなどが進める臨床試験では、網膜色素変性症で失明していた58歳男性の目の網膜細胞に、光に反応するたんぱ

く質を作る遺伝子を入れた。

 

バーゼル大のボトンド・ロスカ教授は「網膜に人工的な感光層を作った」と話す。

4カ月半待って細胞が光に反応する機能を十分に持ってから視力回復の訓練をした。

7カ月後には横断歩道を「白いしま模様が見える」と分かり、机上のノートや箱などを触れずに認識できるようになった。

光遺伝学は脳研究で使われる。

光に反応するたんぱく質を遺伝子組み換えで狙った神経細胞に作ると光をあてるだけで細胞の働きを制御できる。

それまで難しかった神経細胞ごとの働きを調べられる画期的な手法だ。

 

治療ではこの光に反応する遺伝子を利用した。

研究チームは「視力を部分的に回復させる有望な方法だ」という。

今後、治験を進めて早期の実用化を目指す。

 

網膜色素変性症の患者は世界で200万人以上といわれる。

細胞移植や遺伝子治療などの研究が進む。

限定的とはいえ、失明した患者の視力を回復した点で、光遺伝学は可能性を示した。

 

神戸市立神戸アイセンター病院の栗本康夫院長は「光を感じるだけになった人が一定の視力

を得たのは素晴らしい」と意義を認める一方、限界も指摘する。

 

目に入った光は電気信号に変えて脳に伝わる。

網膜の細胞を伝わる中で情報処理をしているため高精細で自然な見え方が実現している。

光遺伝学の治療ではこうした経路が飛ばされ「自然な見え方にならないのではないか」とい

う。

 

パーキンソン病の治療に使える可能性もある。

脳に電極を埋め込んで微弱な電気を流し、神経細胞の異常な活動を抑える治療法がある。

電気の代わりに光を使えば、低侵襲で副作用が少なくなる可能性がある。

生理学研究所東北大学が2020年、サルの脳に光に反応する遺伝子を入れて腕を動かす基礎的な実験に成功している。

スイス連邦工科大学と中国の華東師範大学などの研究チームは糖尿病の治療を目指す。

光を当てると血糖値を抑制するようにマウスの細胞を遺伝子操作した。

発光装置を埋め込み、制御を一部自動化できたという。

光遺伝学に詳しい東北大学虫明元・教授は「国際競争は激しい。国は戦略を持って研究を支援する必要がある」と指摘する。

 

参考・引用一部改変

日経新聞・朝刊 2021.7.2