遺伝子治療、広がる技術

遺伝子治療、広がる技術 「運び屋」ウイルス使い分けや改良

1990年に世界で初めて実施された遺伝子治療
ここ数年、欧米で治療薬が承認され、対象も遺伝病からがんに広がった。背景には遺伝子を運ぶベクター(運び屋)の改良がある。
ゲノム編集の技術を利用した新たな治療の研究も進む。

■欧米でがんにも承認
遺伝子治療では2012年、脂肪を分解する酵素の遺伝子に異常のある遺伝病に対する薬が欧米で初めて承認された。
欧米では現在、3種の薬が承認され、遺伝病だけでなくがんへと広がっている。
 
日本での承認例はまだないが、各地でベンチャー企業が設立され、研究が進む。
7月下旬にあった日本遺伝子細胞治療学会では、パーキンソン病筋萎縮性側索硬化症(ALS)、食道がんなどの研究成果が報告された。
 
遺伝子治療は死亡例や発がんの問題で停滞した時期もあったが、長年培われた基盤技術が開花しつつある。
中でも、細胞に侵入するウイルスの性質を逆手にとって遺伝子を運ぶウイルスベクターの改良が要因として挙げられる。
 
レトロウイルスをベクターに使い、リンパ球に正常な遺伝子を送り込む初期の治療では、白血病になる患者が相次いだ。
原因を調べると、遺伝子が、がんを起こす遺伝子の近くに入り込み、活性化させていたことがわかった。
そこで、がんを起こす遺伝子を刺激しないよう、運び込む遺伝子の配列に改良と工夫を重ね、がんのリスクを大幅に下げることができたという。
 
ウイルスについても理解が進み、選択肢が広がる。
 
レトロウイルスでは難しい神経や筋肉への遺伝子導入で注目されるのが「アデノ随伴ウイルス」。
自治医大は昨年から、神経伝達物質ドーパミンセロトニンを合成する酵素(AADC)が作れない難病の患者に対して、このウイルスを使って脳に直接遺伝子を入れる臨床研究を実施。
歩行器を使って少しずつ歩けるようになるなどの例が確認されている。
 
一方、12年に承認された薬は治療1回当たり1億円といわれる。
開発や製造のコストをどれだけ下げられるかが課題となっている。

■ゲノム編集で修復も
ゲノム編集の技術を利用して、遺伝子を修復したり、特定の遺伝子の働きを失わせたりする試みも始まっている。
 
米サンガモ・バイオサイエンシズ社は、エイズウイルス(HIV)の感染者に対して、臨床試験を実施中だ。HIVはリンパ球の表面にあるたんぱく質を利用して細胞に侵入する。
そこで感染者からリンパ球やリンパ球の元になる幹細胞を採取、この表面たんぱく質を作る遺伝子の働きを止め、HIVが感染できないようにした後に体内に戻す。
エイズの発症を抑える効果が期待されている。
 
京都大では全身の筋肉が衰える筋ジストロフィーで基礎研究を進める。
この病気の原因遺伝子はサイズが大きく、ウイルスベクターに入れるのが難しい。
そこで、患者から採った細胞でiPS細胞を作り、ゲノム編集で遺伝子を修復してから筋肉の細胞に変化させ、体内に移植する。
 
東京慈恵会医科大ではB型肝炎で基礎研究を進める。
B型肝炎ウイルスは感染後、ウイルスの遺伝子が核の中に長く居残る。
そこで、肝臓の細胞に、ゲノム編集の「道具」を作る遺伝子をベクターで送りこむ。
肝炎ウイルスの遺伝子を肝臓内で壊す作戦だ。
 
ただ、今のところ狙った場所以外でも遺伝子の「編集」が起こる可能性がある。
安全性を慎重に見ていく必要がある 、という。


国内の遺伝子治療研究の例
企業名          研究機関 対象
アンジェスMG      大阪大  重症下肢虚血
IDファーマ       九州大  網膜色素変性症など
遺伝子治療研究所     自治医大 ALS、パーキンソン病など
桃太郎源         岡山大  前立腺がんなど
オンコリスバイオファーマ 岡山大  食道がん
ジェノミディア      大阪大  メラノーマ、前立腺がんなど

 
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参考
朝日新聞 2016.8.25



 
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    長野・原村にて   2016.8.12 撮影