ワクチン後進国

当院にも細菌性髄膜炎を予防する「ヒブワクチン」や「日本脳炎ワクチン」についての問い合わせの電話が入ります。

ヒブワクチンは現時点では入手が困難で現時点では月に1回医療機関から卸業者に注文をし、月1回のみ納品されるという予約制になっています。
ワクチンは冷所保存が必要で有効期限もあります。
そのためもあって、業者への返品が出来ません。
したがって、予約していただいても予防接種に来院されないと医療機関に負担が生じる場合があります。


以下は
Wedge」2008年12月号p42~44
からの紹介です。




#実はワクチン後進国 萎縮する行政、危機感ない国民
  
「ドラッグ・ラグは4年だが、ワクチン・ギャップは20年にもなる」――。
先進諸国で広く使われているワクチンが日本では手に入らない。
抗がん剤など治療薬の副作用には理解を示す国民も、予防接種による副反応には極めて感情的だ。
ワクチン行政もリスクに脅え後手に回るばかり。
感染症の輸出国」と世界から揶揄される現状を直視するべきだ。
 
#がんを予防できる時代
この秋、日本人4人がノーベル賞を受賞するという快挙に列島中が沸くなか、ノーベル生理学医学賞に関心を寄せた方がどれくらいいただろうか。
子宮頚がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)を発見したドイツ人ウイルス学者が同賞を受賞したが、既にこのHPV感染を予防して子宮頚がんの約7割の発生を抑えるワクチンも開発されている。
「がんを予防できる時代」 の到来を告げた発見に「ウイルスの発見からワクチン開発まで25年の短期間で成しえたのは画期的」(自治医大さいたま医療センター産婦人科・今野良教授)と専門家も絶賛する。
 
子宮頚がんは日本で毎年7000人が発生し、実に25000人が命を落としている。
このHPVワクチン、2006年6月に米国で導入されたのを皮切りに世界中に広がり、08年8月現在、108の国や地域で普及している。
しかし日本では、現在グラクソ・スミスクライン万有製薬(米国メルク社の完全子会社)の2社が承認申請中で、「優先的に承認作業を進めている」(厚労省医薬食品局審査管理課)ものの、市場に出回るには早くとも年内いっぱいかかるという。
こうした海外で広く導入されているワクチンが日本で承認されていない状況を「ワクチン・ギャップ」と呼ぶ。
 
一方、予防接種が徹底されない日本の現状に対して、世界からは「感染症の輸出国」と揶揄されている。
昨年へ若者の間で麻疹(はしか)が大流行し、多くの学校が休校に追い込まれたことは記憶に新しい。麻疹から脳炎を引き起こすと致死率は約15%にも達し、治っても20~40%に重い後遺症が残るという。
国は定期予防接種としてワクチン接種を勧奨しているが接種率は低く、昨年の感染者のうち約半数が未接種だとされている。
ワクチン・ギャップに加え、予防接種が徹底されない日本の現状は、まさに救える命も救えない「ワクチン後進国」に他ならない。
 
日本でワクチンといえば、最近でこそ新型インフルエンザやバイオテロなどの対策として脚光を浴びているが、予防接種で用いられる小児用ワクチンを想像する方が多いのではないだろうか。
予防接種は主に、百日咳や麻疹、風疹、日本脳炎など予防接種法で定められた疾病に対する定期接種と、おたふくかぜや水痘、インフルエンザ(65歳以上の者など一部は定期接種)などの任意接種に分けられる。定期接種は国民に「努力義務」が課せられ、費用は自治体が全額負担することになっているが、任意接種は全額自己負担が基本となる。
また、健康保険も原則適用されないため、経済的な負担などから接種率は定期接種に比べ非常に低い。
 
ちなみにWHO (世界保健機関)は、日本が任意接種に位置づけているHibと小児用肺炎球菌、B型肝炎ワクチンの定期接種化を積極奨励しているが、「ワクチンの安全性、有効性、費用対効果を勘案した結果」(厚労省健康局結核感染症課)、日本では定期化が見送られている。
 
#なぜ生じるワクチン・ギャップ
ワクチン・ギャップを生む日本特有の理由には、「予防」より「治療」に重点を置く政策、副反応の可能性があるワクチンを敬遠する国民性、承認審査する体制の差などが挙げられる。
また07年1月に承認を受けたHibワクチンが、「日本向け製品に設定した自社基準を満たす生産に予想以上の時間を要したためへ今年12月まで販売を延期する」(サノフイパスツール第一三共)ように、日本メーカー独自の厳しい規制の存在も影響を及ぼしている。
 
もっともワクチン導入が進まない根本的な背景には、副反応に対して極めて慎重な国の姿勢がある。
予防ワクチンは、健常者、特に子供の体内に病原菌やウイルスの病原性を弱めたものや免疫を作る物質を入れるため、副反応による健康被害に対して国民やマスコミの反響が極めて大きい。
 
厚労省には過去に苦い経験がある。1989年に定期接種に導入された麻疹、おたふくかぜ、風疹の生三種混合(MMR)ワクチンを接種した幼児が、無菌性髄膜炎という副反応を相次ぎ発症させ社会問題に発展し、93年に事実上中止になった。
また70~80年代にかけて予防接種を巡る集団訴訟も頻発し、92年の国賠訴訟でも国は敗訴した。
 
「この頃から国が特に萎縮しだした」と専門家は振り返る。当時のマスコミの論調も、ワクチンの品質や相次ぐ副反応と集団訴訟の件数、減少傾向にある感染症の実態を根拠に「定期予防接種見直し論」が大勢を占めるようになった。
こうした流れの中で94年に予防接種法は改正され、それまで罰則を伴う「義務」であった定期予防接種が「努力義務」 へと格下げされ、それに伴い学校などでの集団接種も打ち切られた。
 
さらに05年には、日本脳炎の定期予防接種を受けた中学生が、200万回に1回程度の確率で起きる副反応で寝たきりの状態になると、厚労省は同年に積極的推奨を控えるように全国の自治体に勧告した。
ワクチン製造もストップし、事実上の接種中止となっていたが、今年7月に開かれた同省の検討委員会では、新型ワクチンの開発の遅れもあり、感染症予防の観点から旧型ワクチン接種を続行するという方針転換がなされた。しかし、この間定期接種を受け損ねた3~4歳児の約9割が免疫を持っておらず(07年度)、06年には3歳児1名が日本脳炎を発症させた。