くも膜下出血を防ぐ新治療

くも膜下出血を防ぐ新治療 脳動脈瘤、血管に筒入れ栓

動脈瘤が破裂して起こるくも膜下出血。最初の出血で3分の2が死亡、または社会復帰できないほど重い後遺症が残る。
最近はごく小さな瘤も見つかるようになった。
場所や大きさなどで破裂の危険性は違うが、新たな治療や指針が登場している。


●手術できぬ部位にも
兵庫県伊丹市の男性(65)は昨年4月、病院の検査で脳動脈に瘤が見つかった。
直径14ミリ。
破裂して、くも膜下出血になる恐れがあった。
 
男性の場合、頭を開けて瘤の根元をクリップで止めて血流を遮る手術は難しかった。
位置が手術しにくい場所にあり、脳を傷つける恐れがあったためだ。
血管内に管を通して瘤に白金のコイルを玉状に詰めて栓をする治療をすることになった=イラスト。


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男性の場合、瘤と血管とがつながる部分が10ミリと広すぎて、これまでのやり方では栓がそこから抜ける恐れがあった。
しかし、男性は血管にステントというニッケルチタン製の網状の筒を入れて、コイルを埋め込む新たな手法をとった。
ステントがコイルの飛び出しを防ぐ。新手法は今月から公的医療保険が認められ、普及が期待されている。
 
「いつ破裂するかわからないという不安から、ようやく解放されました」。
男性はほっとした表情だった。
 
男性が受けたのは血管内治療だが、脳動脈瘤の治療はもう一つある。
頭蓋骨に穴を開け、瘤の根元をクリップで止める開頭手術。
ただ、それぞれ一長一短がある。
  
開頭手術は、血管内治療より確実に破裂を防げるとされる。
しかし、傷跡が残るし、手術で脳が傷つけば後遺症も心配だ。
一方、血管内治療は開頭手術ができない脳の奥に瘤があっても治療できる。
部分麻酔なので心臓の弱い人や高齢者も受けられる。
だが、治療後に瘤に血液が再び流れ込む可能性があり、定期的な検査が必要となる。
 
国内では現在、開頭手術が7割。血管内治療はまだ3割程度だが、急速に普及している。
神戸市立医療センター中央市民病院脳神経外科の坂井信幸部長らが、同病院など3施設で血管内治療を受けた患者を調べたところ、治療後に動脈瘤破裂が原因で死亡したのは161人中2人だった。 

「血管内治療は予想以上に破裂を防ぐ効果があった」と坂井部長。
「ステントを使うことで血管内治療できる例は今後さらに広がる。でも、やみくもに血管内治療を選ぶのではなく、動脈瘤の場所、大きさ、年齢などを勘案し、どちらがよいか決めるべきだ」

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●破裂率に応じて選択
開頭手術にしろ、血管内治療にしろ、手術や治療で脳を傷つけたり瘤が破裂したりするなど「合併症」の危険はある。
破裂しないのなら危険を冒して治療する必要はない。
 
日本脳卒中学会は昨年、治療指針を示した。
患者の余命が10~15年以上あり、瘤の直径が5~7ミリ以上の場合には治療を検討すべきだとしている。
それ以下なら、治療はせずに半年から1年ごとに画像検査で状態を調べる。
ただ、内頸動脈など破裂しやすい場所の瘤なら5ミリ未満でも治療を検討する。
 
NTT東日本関東病院脳神経外科(東京都)の森田明夫部長は「破裂率は、場所や大きさや形などで大きく変わる」と指摘する。
 
日本脳神経外科学会は全国1千人余りを対象に調査中だ。
森田部長は「合併症は全体で5%前後。前交通動脈や後交通動脈の瘤はたとえ3ミリでも治療を考えるべきだ」という。
 
動脈瘤が破裂して、くも膜下出血が起きた場合、やはり開頭手術で瘤をクリップで留めるか、血管からコイルを埋めて栓をする治療をする。破裂した動脈瘤はいったん出血がおさまることが多いが、何も治療しないと2~3割が再破裂するからだ。

英国などの研究チームが昨年、脳動脈瘤破裂の後に治療した患者2143人を調べた結果、治療後5年の死亡率では、血管内治療の方が開頭手術より低かった。
破裂した後の治療としては、国内では開頭手術が8割を占める。

岡山大脳神経外科の伊達勲教授は「調査の結果だけで単純に血管内治療を選ぶというわけにはいかない。開頭手術と血管内治療のどちらを選ぶかは、出血の場所や状態で決めるべきだ」と話す。
 
くも膜下出血の治療後、問題になるのは脳血管攣縮だ。
出血の4~14日後に、脳の血管が収縮し脳梗塞のような状態になることをいう。
 
これを防ぐには、開頭手術では血栓を洗い流し、血管内治療では腰から脊髄に管を入れ脳内で出血した血液を体外に出す。
こうした手術などに、血管拡張薬や血の塊を溶かす薬などを組み合わせる治療も進んでいる。
 
伊達教授は「攣縮はくも膜下出血のうち6割ぐらいで起きていた。しかしこの10年ほどは複合的な治療を進めることで3割台に抑えることができるようになった」という。
                         (大阪本社科学医療グループ 坪谷英紀)

<坪谷英紀記者からのコメント>
■脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血は、男性よりも女性に多い。
過度な飲酒などが危険因子になるといわれていますが、なぜ動脈瘤ができるのかはまだよくわかっていません。
日本では年間5000人に1人が発症し、3分の1が死亡すると言われています。
■唯一の予防法は脳ドックで瘤が破裂する前に見つけて破裂前に治療することです。
でも、一方で破裂前の脳動脈瘤の治療は手術中に脳を傷つけ麻痺を起こすなど、合併症の危険性も高いことでも知られています。
どんな大きさ、場所の瘤が破裂しやすいのか、破裂を防ぐにはどのような治療がいいのか、まだコンセンサスは得られていません。
それを突き止めようと、世界中の医師が研究を進めています。
■一方で心臓治療と同じように、血管内に細い管を通して治療する方法が急速に進歩、普及しています。国内では、これまでの頭を開けて瘤をクリップで留める方法と血管内治療、両方できる医師や病院は少なく、得手不得手があります。駆け込んだ施設によって治療が決まってしまうこともしばしばです。
もし、自分や家族に脳動脈瘤が見つかったら、治療すべきか、治療するとしたらどんな治療がいいのか、今回記事で紹介した最新の研究、治療法が参考になれば幸いです。
出典 朝日新聞・朝刊 2010.7.29
版権 朝日新聞社


<関連サイト>
脳ドック検診 血管のこぶ探して予防
http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy/archive/2010/07/27




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