乳がんと遺伝子

日本人女性の20人に1人が罹患し、そのうちおよそ2割の方が命を落とすと言われる「乳がん」。
配偶者の死が乳がんの発生と関係してる事も確認されています。
1万人以上のフィンランド人女性を対象にした研究では、離婚、身近な親戚、友人の死が乳がん発症リスクが高まるという結果が報告されているのです。
一方、不安、怒り、抑うつなどの生活傾向と乳がんのリスクを13年間に渡って追跡調査したオランダの報告では、両者の関係は認められませんでした。
閉経後の肥満も危険因子です。
一般的に、閉経するとエストロゲンの分泌量は減少し乳がんの発症リスクも下がるといわれています。
しかし、エストロゲンは脂肪細胞でもつくられています。
閉経後に太っていると脂肪細胞からの分泌によって体内のエストロゲン濃度は高いままとなってしまいます。
実際に、肥満の人は痩せている人より1.5~2.3倍乳がんにかかるリスクが高いというデータもあります。

その他に 
早い初潮
遅い閉経
出産経験がない
授乳経験がない 

なども乳がんのリスクになるといわれています。

きょうは、このようなことのとは別の「遺伝子異常による乳がん」がテーマです。



乳がんの発症リスク、遺伝子で検査

遺伝子検査で一部の乳がんの発症リスクを知ることができるようになった。
高リスクな人はこまめに検診を受けて早期発見につとめれば、命を落とさずにすむ。
半面、この「乳がんのなりやすさ」は高い確率で子どもが受け継ぐ。検査を受ける際には病気への正しい理解が欠かせない。

5~10%が遺伝性
毎年、国内では新たに約4万人が乳がんになる。
うち5~10%が遺伝性の乳がんだ。
17番染色体にある遺伝子「BRCA1」か13番染色体の「BRCA2」に変化(変異)がある。
海外データでは50歳までに乳がんを発症するリスクが33~50%と通常(2%)より大きく跳ね上がる。
同じ遺伝子変異で卵巣がんになるリスクも高い。
「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」と呼ぶ。

愛媛県伊予市に住む女性(55)は3年前、右の乳房にがんがみつかった。
転移はなかったがたちが悪く、国立病院機構四国がんセンターで全摘手術になった。
1年近く抗がん剤治療も続いた。

母も妹も乳がんだったので、主治医から「遺伝性タイプかもしれない」と聞かされていた。
専門の検査で確定できるが、20万円前後かかる。
もし「陽性」だと、20歳の双子の娘も「なりやすい」可能性が高くなる。

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家族で何度も話し合った。
女性の「自分は検診を怠って早期発見できなかった。子どもたちに二の舞いはさせたくない」という思いが決め手となり、この夏、3人は遺伝子検査を受けた。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群は、家系内に乳がん卵巣がんを患った人が何人かいるケースが多く、40歳以下の「若くして乳がんになりやすい」ことでも知られる。
再発もしやすい。

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ここ数年で遺伝子解析技術が進歩し、血液中の白血球からDNAを取り出し、BRCA1か同2に変化があるかどうかわかるようになった。
検査自体は高度ではないが、専門スタッフを抱えた乳がんの遺伝診療を手掛ける医療機関で受けないと、結果次第ではいたずらに不安だけがあおられることにもなりかねない。

未発症の人がもし血液検査で「陽性」だと、米国では「予防治療」という選択肢がある。
手術で乳房を切除すればがんの心配はなくなる。
切除した乳房は人工的にほぼ元通りにもなる。
抗がん剤を予防投与する手法もある。
ただ、国内ではこうした対応をとるケースはまだ少ない。


血縁者にも影響
一度知った遺伝情報は生涯変わることはない。
本人だけでなく血縁者にも影響が及ぶ。
検査時にたとえ独身者でも将来子どもを持てば、50%の確率で引き継がれる。
米国には遺伝子差別を禁じた法律があるが、日本にはない。
「陰性」を期待して安易に検査を受けるのはよくない。

聖路加国際病院は2006年12月から国内でいち早く遺伝性乳がんの遺伝カウンセリングに取り組んできた。
10年8月末までに90人から依頼があり、78人に遺伝カウンセラーや医師、看護師からなる専門チームでカウンセリングを実施、38人が遺伝子検査を受けた。
同病院のブレストセンター長は「一人ひとりに人生という“物語”がある。これをきちんとくんだ上で病気について詳しく説明する。検査のメリットとデメリットを十分に理解してもらわなければならない」と語る。

日本乳癌学会は同学会の認定医療施設を対象に遺伝性乳がんの実態調査に乗り出した。
今月中をメドにカウンセリング体制や陽性者に対するフォロー体制の有無、米国で開発中の治療薬を日本で臨床試験(治験)する際に参加する考えがあるかなどを問うアンケートをする。

同学会の遺伝性乳がんに関する研究班長である中村清吾昭和大学教授は「乳腺外科の医師でも遺伝性乳がんをわかっていない人がいる。日本人でのデータを整備し、陽性者に対する適切な検診法も確立したい。乳がんの発症者にとってBRCA検査は治療法の決定にも影響する。保険診療に組み入れたい」と話している。  

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                                  (編集委員 矢野寿彦)
出典 日経新聞・夕刊 2010.10.8(一部改変)
版権 日経新聞



<遺伝性乳がん 関連記事>

遺伝性乳がん検査の説明体制、7割の医療機関「なし」

乳がんの5~10%を占める遺伝性乳がんの検査を行うとしている医療機関のうち、カウンセリング体制を整えていない施設が7割以上あることが、読売新聞の調査でわかった。
 
遺伝性乳がんは50%の確率で遺伝する。
近年、原因遺伝子が特定され血液検査でわかるようになったが、専門家による適切な告知や説明がないと、受診者をいたずらに不安に陥れる恐れが大きい。
日本人類遺伝学会などは、生涯変わらず血縁者にも影響が及ぶ遺伝情報を調べる場合、専門家によるカウンセリングを行うよう指針で定めている。
 
読売新聞が5~6月、全国の主な医療機関約1400施設に行ったがんアンケートで、日本乳癌学会の認定・関連施設を中心に168施設が「自施設を窓口として、遺伝性乳がんの遺伝子検査を受けることが可能」と答えた。
このうち、遺伝カウンセリング体制を整備していると答えたのは43施設(26%)だった。
「検査は外注でできるはずだが、カウンセリングをする余裕はない」(関東の大学病院)などを理由としている。
 
日本乳癌学会の遺伝性乳がんに関する研究班長、中村清吾・昭和大教授は「検査の予防効果について検証し、カウンセリング体制も含めた治療指針を策定したい」と話す。
出典 読売新聞 2010.8.29
版権 日経新聞


<家族性乳がん 関連サイト>
家族性乳がん
http://www.sutaa.net/nyugan/0001/0105/7.php


<私的コメント>
家系的に乳がんにかかった人がいる場合はもちろん、いなくても気になる記事です。
特に乳がんの人は、娘に遺伝するのではないかと気になるところです。
当院でも母娘が乳がんの方の経験があります。
この例の場合は娘さんは30代での発病でした。
「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」の発病年齢は平均44歳と、非遺伝性のものより若く、日本人では全乳がんの5~10%が家族性乳がんと言われています。
家系から遺伝性の疑われる乳がんの患者さんに遺伝子変異の見つかる割合は、
BRCA1、BRCA2ともに20%だそうです。
未知の遺伝子変異もありまだまだ研究途上のようです。
男性の両側乳がんの患者さんでは、BRCA2に遺伝子変異が見つかることがあるとのことで男性も油断できません。
卵巣がんとの関係では、BRCA1変異があれば卵巣がんのリスクがありますが、BRCA2変異であれば、そのリスクはほとんどないといえます。
先ほどの母娘の方で、遺伝子検査はされているのか、もし遺伝子異常があるとすればBRCA1変異なのかBRCA2変異なのか。
BRCA1変異ならば卵巣がんのチェックはされているのか。
乳がんは普通は乳腺外科で手術をします。
(市中の大病院でさえ、「乳腺外科」がない場合があります。「消化器外科」で乳腺の手術をしている場合もありますが、もちろん乳腺は消化器ではありません。)
BRCA1変異の場合には産婦人科とのタイアップが大切ということになります。
発症前遺伝子診断の適切な年齢は20歳以上で、欧米では予防的乳房切除も考慮されます。
しかし、日本では一般的ではありません。

「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」といえば、「卵巣がん」が先に発病するケースもあるのではないでしょうか。
卵巣がん」にかかった方には乳腺もチェックする、ということも必要かも知れません。


<追加 2010.10.26>

健康的な3つの習慣が乳癌(がん)リスクを軽減

特定の“乳房に健康的な”生活習慣を維持する女性は、近親者に乳癌患者がいる場合であっても乳癌リスクを軽減できることが、新しい研究で明らかにされた。
「定期的に運動をする、正常な体重を維持する、アルコールの摂取を適量に抑えるという3つの習慣を維持している閉経後の女性は、家族歴の有無にかかわらず乳癌リスクが低かった」と、研究を率いた米ロチェスター大学メディカルセンター(ニューヨーク)家庭医学准教授のRobert Gramling博士は述べている。
この研究は、医学誌「Breast Cancer Research(乳癌研究)」10月12日号に掲載された。

(以下、略)

http://health.nikkei.co.jp/hsn/news.cfm?i=20101021hj000hj
出典 HealthDay News 2010.10.12
版権 Health Day 




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