「先進医療」知って備える

高額なイメージあるけれど…「先進医療」知って備える

「先進医療」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。
「最先端の治療技術を受けられるが、費用が高額」と期待しつつ不安に感じる人も少なくない。
先進医療とは何かをきちんと知ることで、慌てずに備えよう。

「先進医療では、治療費の自己負担が数百万円になることもあります」――。
生命保険会社などの医療保険の宣伝で、こんな内容が目立つ。
ファイナンシャルプランナーのFさんは「一般向けに民間医療保険セミナーを開くと、先進医療用に保険に付ける特約への質問が多い」という。
同時に「内容を誤解している人が多い」と話す。


評価段階の技術
「先進医療」という言葉から「先進的な技術や輸入抗がん剤など新しい薬を使った治療全般」と思い込みやすいが、実はそうではない。
そもそも「先進医療」は厚生労働省が定めている制度の名称なのだ(図A)。

イメージ 2



先進医療の医療技術は厚労相が定め、実施する医療機関も決まっている。
2010年12月1日時点で技術は119種類、医療機関は延べ数で約1000カ所だ。

普通の治療は公的医療保険の対象で、自己負担が会社員などは3割になる「保険診療」。
一方、保険がきかない「自由診療」は全額が自己負担だ。
自由診療と同時に保険診療の対象の治療を受けると、それも全額が自己負担になる。

「先進医療」の治療は自由診療と同じく保険がきかない。
だが保険診療と共通する治療内容の部分は公的医療保険から給付され、保険診療と自費部分を組み合わせられる。
民間保険の先進医療特約は基本的にこの自費部分の費用を保障し、セコム損害保険など一部を除いて自由診療は保障しない。
先進医療と同じ治療でも対象外の医療機関で受けたり目的が違ったりすると自由診療になり、一般的な民間保険でも保障されないので注意しよう。

ここで知っておきたいのが、先進医療は保険診療に含めるかどうか評価中の段階にある治療技術だということだ。
将来は保険診療で受診できる可能性もある。
先進医療の内容は入れ替わりが頻繁で、新たな治療技術が追加される一方、対象から外れるものも多い。

評価段階の治療技術である先進医療は夢の治療法だとは一概には言えない。
東京大学医学部付属病院放射線科准教授の中川恵一さんは「例えば、がんを治療する先進医療で放射線治療の一種である重粒子線治療や陽子線治療は、一般的な放射線治療が大衆車だとすると高級車のようなもの」と話す。
車に例えれば、どちらも基本性能は十分で、重粒子線治療などはより高級だ。
重粒子線でないと治療できないのは限られた種類のがん。普通は保険診療放射線治療で対応できる場合が多い」と説明する。


保障内容に注意
高額な自己負担を不安に感じる人が多い先進医療だが「100万円を超すような治療技術は実は数種類しかない」(Fさん)。
300万円前後するものがある一方、1万円程度のものもある。
厚労省の実績報告から試算すると、08年7月~09年6月の先進医療の費用は平均で1件あたり30万円程度だった。

特約などの民間保険の先進医療保障では、おおむね治療費をカバーできる(表B)。
定額の入院給付金と違い、先進医療は基本的に実費保障で、普通は治療後に保険金を受け取る。
ただ、重粒子線治療などは治療を始める段階で治療費を支払うのが一般的。
保険会社によっては病院に直接、保険金を治療費として支払ってくれる場合もあるが、そうでなければいったんは自分で治療費を払う必要がある。
これも要注意だ。

イメージ 1



さらに、例えば陽子線治療と重粒子線治療は、先進医療として手掛ける医療機関が全国でも計8カ所(12月1日時点)しかない。
数日から1カ月程度も毎日通院することが多く、治療以外の費用もかかる。
交通費や宿泊費が保障内容に含まれるのは、三井住友海上きらめき生命など一部しかなく、アリコジャパンアメリカンファミリー生命アフラック)などは交通費に充てるのを想定して一時金を設けている。

主な生保会社では、医療保険に新規加入する人の大半が先進医療特約を付けるという。
特約料はせいぜい月100円程度と安く、医療保険の保険料では珍しく性別や年齢による差もない。
300万円もかかる治療費を保障してもらう可能性を考えれば「保険の効率は悪くない」(Fさん)。
ただ「今、加入している医療保険に先進医療特約がないからといって、特約のために新たに入り直すほどの必要はない」という。

実は、先進医療特約の保険金支払い実績は今のところ、おおむね加入件数1万件につき年1件程度と少ないのが普通だ。
特約料が男女・年齢を問わず同じなのは、保険会社が保険金を支払う機会が少なく、先進医療の対象となる治療技術も頻繁に変わるので、細かく保険料を分けるほどの実績がないためでもある。

保険に関する著書がある保険代理店役員のUさんは「特約料は安いが、裏返せば安くても保険会社が余裕を持って保障できる程度しか保険金を受け取る機会がないということ」とみる。
未承認の抗がん剤などを先進医療により使いやすくする議論も出ており、実現すれば特約を使う機会が増えるかもしれない。

生命保険文化センターでは「民間保険で治療費を賄いたい場合は、受診前に『厚労省の先進医療に該当するか』、医師に確認しておくと確実だ」と話している。
                                        (大賀智子)


話題の「陽子線治療」 早期がんに効果的 体への負担少なく
高額な先進医療の例としてよく話題に上る陽子線治療だが、どんな治療法なのだろう。
実施している国立がん研究センター東病院を訪ねてみた。

放射線治療科陽子線医長の二瓶圭二さんは「陽子線治療が効果を発揮するのは、早期で転移していないがんだ」と話す。

陽子線治療は体内のがんがある部分に放射線を集中して当てる技術。
早期がんなら根治の可能性が大きく、がん周辺の健康な部分への影響も少ない。

陽子線と並んで取り上げられる重粒子線治療も基本的に同じような方法だ。

保険診療でも強さや位置を細かく調整できる放射線治療があるが、陽子線はさらに集中的にがんに当てられる。

「例えば鼻の奥のがんは脳や目が近く、手術や通常の放射線治療が難しい。こうしたがんは陽子線だからこそ効果的に治療できる」(二瓶さん)。

二瓶さんは「陽子線治療で体への負担が少ない治療の選択肢が広がる」と期待する。
ただ、全身に転移したがんや胃がんなどは放射線治療が向かないので陽子線も使えない。
同病院での治療費は、通院日数にかかわらず1セット288万3000円だ。

出典 日経新聞・朝刊 2010.12.12
版権 日経新聞




他に
井蛙内科開業医/診療録(4)
http://wellfrog4.exblog.jp/
(H21.10.16~)
井蛙内科開業医/診療録(3)
http://wellfrog3.exblog.jp/
(H20.12.11~)
井蛙内科開業医/診療録(2)
http://wellfrog2.exblog.jp/
(H20.5.22~)
井蛙内科開業医/診療録 
http://wellfrog.exblog.jp/
(H19.8.3~)
(いずれも内科専門医向けのブログです)
「井蛙」内科メモ帖 
http://harrison-cecil.blog.so-net.ne.jp/
葦の髄から循環器の世界をのぞく
http://blog.m3.com/reed/
(循環器専門医向けのブログです)
「葦の髄」メモ帖
http://yaplog.jp/hurst/
(「葦の髄から循環器の世界をのぞく」のイラスト版です)
があります。