がん検診 過剰診断で「不利益」な面も

がんだったらどうしよう――。
精密検査の結果が出るまでの月日は長く、つらい。
がん検診で「要精密検査」と判定される人で実際にがんが見つかる人は数%。多くが健康にもかかわらず、一時期「がんの疑い」という不安にさらされる。
がんのタイプによってはまれに過剰な治療も強いられる。
数ミリの小さながんが見つかるようになって、過度な検診の「不利益問題」が浮上してきた。

毎年12月、米テキサス州サンアントニオで開かれる乳がんシンポジウム。
世界各地から乳がんの専門家およそ1万人が集い、治療や研究の最新情報を交換する。
昭和大学医学部の中村清吾教授は、今年の会合で米国人医師からこんな発言を聞いた。
「あの勧告が出てから、(米国での)マンモグラフィーの受診者は減っている」


推奨レベル下げる
米国の政府機関である予防医学作業部会(USPSTF)は2009年11月、乳がん検診に関するガイドラインを改訂した。
40歳代に実施してきたマンモグラフィーの定期検診を今後は「推奨しない」とした。

世界的にがん検診が有効かどうかは受診によって死亡率が減るかどうかを基本に判断する。
USPSTFの方針転換について、東京慈恵会医科大学の内田賢教授は「40歳代もマンモグラフィー検診によって死亡率が下がることは認めているが、それよりも検診による不利益が大きいと判断して推奨レベルを下げたようだ」と解説する。

マンモグラフィーは乳房を特殊な装置にはさみ、押し潰した状態でエックス線をあててがんを探し出す。手で触っただけでは気がつかないような小さなしこりも発見できる。
日本では国が推奨する「対策型がん検診」の一つとして、40歳以上の女性は2年に1度受診することになっている。

ただ、多くの「疑陽性」を生む。
「ひょっとしたらがんかもしれない」と指摘され、超音波(エコー)や組織の一部を針でとる生検による精密検査の結果、「シロ」と判定される例が日本だと9割を超す。
その間、数カ月、「過剰診断」によって、がんかもしれないと不安な日々を送らなければならない。

たとえ、早期のがんが見つかっても「非浸潤型」だと、5~10年放っておいても問題ないともいわれるが、早期の治療が必要なのかどうかわからないまま手術となり、「過剰治療」につながる。
もちろん、逆にがんを見落とすケースだってある。

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経過観察、怖い被曝
国内で早くからがん検診の不利益問題を指摘してきた、国立がん研究センター斎藤博・検診研究部長は「画像の解像度がよくなるなど検診機器が進歩して、がんを発見する力は上がった。
ただ、小さながんや前がん病変がたくさん見つかるようになったといっても、検診の有効性がよくなったとはいえない。
むしろ過剰診断の温床になっている」と語る。

5年生存率が20%前後とがんの中でもとくに恐れられている肺がんでも事情は同じ。
個人型検診ではあるが日本独自のコンピューター断層撮影装置(CT)検診が普及、数ミリレベルのがんや、がんかどうか判別しづらい「がんもどき」がよく見つかる。

すぐに切除せず、定期的にCT検査を受け経過観察するが、その都度、エックス線による被曝の心配もある。
国のがん検診に関する検討会は約3年前、「肺がんのCT検診は過剰診断による受診者の不利益が大きい」との見解をまとめた。

これまでの医療保険制度の弊害もあり、日本の医療現場は検査が好きだ。
どこの病院もCTや磁気共鳴画像装置(MRI)を備え、検査至上主義がはびこる。

がん克服へ早期発見は近道だが、陽電子放射断層撮影装置(PET)のようなハイテク機器を使った検診は日本や韓国などにしかない。
欧米でがん検診といえば、乳がん、子宮頸がん、大腸がんぐらいだ。

この10年で、患者の納得を得るまで医師が治療法などを説明する「インフォームド・コンセント」が根付いた。
国立がん研究センターの森山紀之がん予防・検診研究センター長は「がんごとにどんな検診も必ずメリットとデメリットとがある。受診者にこの両方をきちんと伝え、理解してもらわなければならない」と話す。 (編集委員 矢野寿彦)
出典 朝日新聞・朝刊 2010.12.26
版権 朝日新聞社



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