体にすむ細菌 健康守る働き

体にすむ細菌 健康守る働き、分かってきた

私たちの体には、約1千兆個の細菌がすむという。
どんな種類の細菌が、どう働いているのか。最近の研究で、その全体像がわかってきた。
細菌の宝庫である「便」を病気の治療に用いる試みも始まった。

いわゆる善玉菌のビフィズス菌や、悪玉菌の大腸菌――。
ヒトと共生する「常在菌」と呼ばれる微生物は数百種類ある。
赤ちゃんはおなかの中にいるときは無菌状態だが、産道を通るときに菌にさらされ、生まれた瞬間から多くの菌と接する。

最も多くすむのが腸内で、顕微鏡で見ると細菌群が花畑のように見えることから「腸内フローラ(腸内細菌叢)」と呼ばれる。
細菌たちは食物から栄養素を作るほか、感染症から身を守るなど、ヒトの健康や病気と大きく関係している。しかし、菌を1種類だけ取りだして増やすことは難しく、細菌が果たす役割のメカニズムはよくわからなかった。

それが、DNA配列を高速に解析する「次世代シーケンサー」の登場で大きく変わった。
細菌を集団のまま、全遺伝情報(ゲノム)を解析する「メタゲノム解析」という方法が開発されたためだ。

2007年、健康な日本人13人の腸内の細菌を解析し、離乳前の赤ちゃんと大人とでは菌種の組み合わせが大きく異なること、家族内でも組み合わせは必ずしも似ていないことなどが明らかにされた。
08年には日本や欧米、中国などが参加する国際組織「ヒトマイクロバイオーム計画」が設立され、情報をデータベース化する取り組みが始まった。

3タイプに分類
この取り組みで、腸内の細菌のどんなことがわかったのか。

その一つが、ヒトの腸内の細菌の組み合わせは血液型のように、大きく三つに分類できるという「エンテロタイプ」説だ。

日欧の研究チームは、腸内にすむ細菌のパターンをタイプ1~3に分類した。
順番に「ルミノコッカス属」「バクテロイデス属」「プレボテラ属」の細菌が多く含まれる。
日本人やスウェーデン人は8割以上がタイプ1、米国人や中国人は多くがタイプ2、中南米の人はタイプ3に属する人が多いなどの傾向がわかったという。

なぜ3タイプに分かれるのかはわかっていない。
ただ、タイプ別にかかりやすい病気に違いがあり、将来的にはタイプに基づき食生活などを変えることで、病気の予防につながるかもしれない。

日本人100人を対象に腸内にいる細菌の組み合わせを調べた研究がある。
その研究で、個人差は大きいにもかかわらず、細菌全体が果たしている働きはほぼ変わらないことがわかった。
腸内の細菌は数百種類に上るが、進化の過程で、遺伝子の働きにより取捨選択されたものだけが残っているのだろう、と推測される。

治療活用へ研究
腸内細菌の知識が深まるなか、最も注目されているのが、病気との関係を解明する研究だ。

食生活や感染症などで腸内細菌の構成が乱れると、腸の病気やアレルギー、メタボリック症候群など、様々な病気につながることが指摘されている。

理化学研究所などのチームは昨年、免疫を抑制する細胞を活性化する17種類の腸内細菌を、世界で初めて特定した。
この細菌をマウスの口から胃腸に注入すると、腸炎や下痢などを防げた。
また、健康な人に比べ、炎症性腸疾患の患者の便には、これらの細菌が少なかった。

理研チームは、細菌が病気から体を守る仕組みもあきらかにした。
マウスを使った実験で、特定のビフィズス菌が糖を分解するときに酢酸をつくり、この酢酸が大腸粘膜を保護してO157に感染しても死に至るような悪化を防いでいた。

研究が進めば、健康な人、病気の人にそれぞれに特徴的な菌を特定することができるかもしれない。

健康な人の腸内細菌を病気の人に移せば、症状が改善するのではないか。
こんな発想による治療法が、健康な人の便を病気の人に移植する「便微生物移植」だ。
細菌の宝庫である便に生理食塩水を加えて混ぜ合わせ、濾過した液体を肛門から病人の腸内に入れる。

2013年、偽膜性大腸炎患者の治療に「効果がある」という研究結果が医学誌に掲載された。
従来の治療法より、はるかに高い効果が中間解析でわかり、研究が終了したほどだった。
メタボや、不眠の患者らにも試みられている。どの細菌が有効かわかれば、薬の開発につながると期待される。


マイクロバイオーム 
微生物の集団。
ヒトの場合、口腔や鼻腔、胃、腸、皮膚、膣など全身に約1000兆個の常在菌がすんでいるとされ、ヒトの細胞(約60兆個)の10倍以上にも上る。
常在菌の種類や個数などは、棲んでいる部位により異なる。

<私的コメント>
ヒトの細胞の15倍以上の常在菌が居るということはヒトの体はほとんど細菌で出来ていることになります。
電車のつり革が触れないなどの「潔癖性」が馬鹿らしく思えてしまいます。

遺伝子の解析 
シーケンサーと呼ばれる装置を使い、DNAを断片にして、多数を同時に読み取り、つなぎ合わせて全体を解読する。
ヒトにはDNAを構成する塩基対が約30億個あり、全遺伝情報が初めてわかった2003年当時は解読に13年かかったが、最近の機種は1日でできる。

便微生物移植 
糞便移植ともいう。
欧米ではここ10年ほど、研究が進んでいる。
欧州では規制はないが、米国では食品医薬品局が「便移植は未承認の新薬と同じ」として、臨床試験として実施するよう求めている。

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出典
朝日新聞・朝刊 2014.5.12(一部改変)