抗がん剤、余ればごみ

抗がん剤、余ればごみ

一瓶を複数患者へ投与 ダメ 「無駄なく安全」難しく
日本人の死亡原因で1位のがん。
治療に使われる抗がん剤は増え続け、高価な品目も多いが、一定量は捨てられている。
いったん開封して残っても、他の患者への投与などが認められていないためだ。
細菌の混入や品質の劣化を招く恐れがあることが背景だ。
ただ抗がん剤は体重などによって必要な量が異なるので余りが出やすく、1割が廃棄されるとの調査もある。無駄は減らせないのだろうか。

抗がん剤は点滴や注射で投与される液状のものが多い。
患者の体重や身長などによって必要な量に差があるが、瓶内の薬は1人の患者だけに使うよう定められている。
同じ患者に繰り返し使うことも禁じられている。
1本目で足りず2本目を開け、使ったのが1ミリグラムとしても、残りは廃棄せざるを得ない。
 
注射器などで容器から取り出す回数が増えれば、それだけ有害な菌などが混入する恐れが高まる。
酸素にも触れやすくなり、品質が劣化する可能性もある。
国による薬価(薬の公定価格)の設定も実際に使う量ではなく、「50ミリグラム」「100ミリグラム」といった一定量ごとに行う。
 
他の病気の薬もおおむね同様に扱われるが、抗がん剤は高額で長期に使うケースが多い。
それだけ患者の自己負担も含めて医療費はかさむため、廃棄が問題視されるようになってきた。

1割を廃棄処分
ではどれぐらい捨てられているのだろうか。
ある大学の付属病院で2012~14年度に多く使われた14品目を調査。
その結果、薬価ベースで計31億円分が処方され、うち約11%の3.6億円分を廃棄していた。
 
中には使ったのが2%弱だったり、高額のため1瓶で廃棄分が13万円に及んだりしたケースもあったという。
容器ごとに費用を請求するため病院にとっては損はない。
だが「もったいない」という意識は常に医療側にはある。
 
日本病院薬剤師会(東京・渋谷)も地域の中核を担うがん診療連携拠点病院について、14年の1カ月間、15品の廃棄率を調べた。そ
れを基に計算すると、回答を得た187病院で年間約94億円分が廃棄されていることが分かった。
 
廃棄率はおおむね5~10%だったが、中には4割近い品目もあったという。
副作用についての研究が進み、治療効果を十分得るため以前より多く投与できるようになった。
その分、容器内に残って捨てられる薬も目立つ。
 
米国では同じ容器から複数の患者に投与できる抗がん剤があるという。
日本では現状、認められていないが、同様に繰り返し使うことが可能になれば廃棄を減らすことができるかもしれない。

国の対応望む声
ただ問題もある。
こうした米国の抗がん剤には保存のため防腐剤を添加している例もある。
アレルギーなどの原因になりかねず、日本では通常、使われない。
繰り返し利用すれば細菌などの混入リスクも高まるために、医療費削減のために患者の健康を阻害するわけにはいかない。
 
複数に分けるには使用量に応じた価格設定が必要になるが、患者が少なく使い切れない医療機関にとってはその分が負担になる。
製薬メーカーが容器を細分化し、より適量を使えるようにする方策もあるが、現状では同じ薬剤でも大容量に比べて小容量の方が割高な設定になっている。
小分けして廃棄が減ったとしても、逆に医療費を押し上げる可能性もある。
 
米国では複数での利用を想定し、抗がん剤の菌の繁殖などについても実験している。
日本でも国などがそうした実験を行い、廃棄を減らす手立てを考えるべきだ、と指摘する意見もある。

患者増加/価格も上昇 使用額 右肩上がり
抗がん剤の使用額は拡大が続いている。
がんにかかる人が増えていることに加えて、薬剤そのものの高額化が進んでいるためだ。
国立がん研究センターの予測では、2015年の新たな罹患者は約98万人。
高齢化などで増加が続き、30年以上にわたって日本人の死因1位だ。

この間、薬剤は進化。
最近ではがん細胞の特定のたんぱく質などを標的に攻撃し、副作用の抑制も期待される「分子標的薬」などが増えている。
高額化が進み、例えば14年に発売され、がん細胞が持つ免疫抑制機能を解除するとされる「オプジーボ」は1回の治療で薬剤費が70万円超となる場合が多い。
 
ある調査会社によると、13年の抗がん剤の市場規模は出荷額ベースで8131億円。
16年には1兆円を超し、23年には1兆5000億円以上になると予測している。

参考
日経新聞・朝刊 2016.2.14