移動する耐性菌

移動する耐性菌、注視 野外環境から生活圏に入る恐れ

抗菌薬の使いすぎなどで細菌に生じる薬剤耐性。
こうした薬剤耐性遺伝子を持つ細菌が、環境中を移動している実態がわかってきた。
耐性菌が野外環境から人間の生活圏に入ってくる恐れもあり、国際社会も対応を模索し始めた。

ハエや鳥、「運び役」の可能性
抗菌薬を使う医療や畜産・養殖の施設で、耐性菌が発生することは広く知られている。
日本では、抗菌薬全体の5割以上が動物に、3割近くが医療目的で人間に使われている。
こうした場所で生まれた耐性遺伝子が拡散するメカニズムも少しずつ見えてきた。

2013年に酪農学園大学の研究グウループは、沖縄県の養豚場や牛舎、食肉処理場でハエやフンから採取した菌を培養し、抗菌薬に対する耐性を持つ菌がいるかを調べた。
すると、ハエとフンから同じ耐性遺伝子を持つ細菌を見つけた。
ハエに乗って耐性遺伝子が広がっていく可能性を示す結果だ。

ほかにも水鳥やネズミなど、人間の生活圏に近い動物が耐性菌を保有している報告がある。
こういったことから耐性菌が人間の生活圏と野外環境などの間を行ったり来たりするという視点を持って対策を立てることが重要と考えられる。

北極、ヒマラヤなど、人がほとんど立ち入れないような場所でも薬剤耐性遺伝子を持つ微生物が近年、次々に見つかっている。

京都府立大学国立極地研究所の調査では、極地や高山など49カ所から集めた氷や雪などの試料54点のうち44点から、何らかの薬剤耐性遺伝子が確認された。
ほかにも、カナダの研究者が永久凍土から抗菌薬バンコマイシンへの耐性遺伝子を発見した。
南極のペンギンの腸内細菌で見つかった例もある。

こういった事実から、大気中のほこりやちりに付いた細菌のうち耐性遺伝子を持ったものが大気の循環で運ばれたり、渡り鳥が運んだりしたと考えられる。

一度生まれた耐性遺伝子は、野外環境に長くとどまることもわかってきた。

抗菌薬サルファ剤は、日本国内の魚の養殖場では近年は使われなくなってきたのに、それに対する耐性菌がいまも日本近海から多く見つかっている。
四国沿岸で採取した海水中の細菌を、大学研究室で培養できないものも含めて調べた研究がある。
その結果、細菌100~1千に一つが、1年を通じて何らかのサルファ剤耐性遺伝子を保有していた。

台湾、フィリピン、フィンランドなど、海外の海でも同様の状況があることもわかってきた。
海は耐性遺伝子の「貯蔵庫」になっている可能性があるという。


分野越え対策必要
耐性菌問題は最近、急速に注目を集めている。
 
世界保健機関(WHO)は昨年、世界114カ国からのデータに基づき、報告書をまとめた。
1980年代にはほぼ耐性がゼロだったある抗菌薬が、今では世界の多くの地域で、患者の半分以上に効かなくなってぃることなどを指摘した。
 
英政府が昨年末に出した報告では、薬剤耐性菌が原因で2050年には年1千万人が命を落とす恐れがあるとした。
今年(2015年)6月にあった主要7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳宣言には、耐性菌対策として適正使用や基礎研究を進めることが初めて盛り込まれた。

こうした背景から、医療や畜産の現場だけでなく、耐性菌の広がりや生活圏と野外環境の間で行き来することへのリスクにも注目が集まっている。
 
日本では、医療現場の薬物耐性モニタリングは厚生労働省が、農場などは農林水産省が担ってきたが、食品など横断的な分野などで両省が連携、統合する動きが出てきた。
 
ただ、「耐性菌の動向の全体保把握は遅れている。分野を超えた国際的な仕組みを作り、モニタリングとリスク評価の体制作りを加速するべきだ」とある専門家は指摘する。


 
イメージ 1

(薬剤耐性遺伝子が人の生活圏と野外環境の間を移動している)

参考・引用
朝日新聞・朝刊 2015.9.17