「臓器工場」実現なるか

「臓器工場」実現なるか 東大など、種類違うネズミで成功 人向け、技術の壁高く 倫理面でも課題

人の膵臓や肝臓をブタなど動物の体内で作り、病気の治療に使う。こんな「臓器工場」ともいえる再生医療を目指した研究が進んでいる。
東京大学などの研究チームは1月、種類の異なるネズミを使った実験で膵臓を作って移植、糖尿病の治療に成功した。
臓器工場が将来、移植用臓器を確保する手段の一つとなり、人の治療に役立つ日が来るのだろうか。

動物を利用してまで人の臓器を作ろうという研究の背景には、医療現場での慢性的な臓器不足がある。
日本臓器移植ネットワークによると、腎臓や心臓などの臓器移植を希望する登録者数は2016年末で1万4千人を超える一方、16年の臓器移植の件数は約340件にとどまった。
 
解決策として期待されるのが再生医療だ。
体の様々な細胞に育つ能力があるiPS細胞などが開発され、心臓や肝臓といった臓器の細胞を作る研究が一気に活発になった。
理化学研究所などのグループはiPS細胞を使って目の難病を治療する臨床研究の段階まで来た。
 
しかし、現在の技術では臓器をまるごと試験管内で作るのは難しい。
体の中では様々な種類の細胞が複雑に相互作用して、立体的な臓器ができるからだ。
そこで研究者たちは「動物が受精卵から育つ過程を利用すれば作れるのでは」と発想した。
 
具体的なイメージはこうだ。
まず遺伝子操作で特定の臓器、たとえば膵臓をできないようにしたブタを作る。
そのブタの受精卵が育ち始めたところで人のiPS細胞を注入し、代理母となるブタの子宮に入れる。
すると、人の細胞でできた膵臓を持つブタが誕生する。
 
こうしたブタの体の大部分はブタと人の細胞が混在する「キメラ」という状態になる。
ただブタの遺伝子は膵臓が作られないように変えられているので、膵臓は人の細胞だけでできる。
その膵臓を人に移植して治療に使おうというわけだ。
ブタが有望視されるのは臓器の大きさや妊娠期間が人と近く、臓器作製に適した動物とされているからだ。
 
東大と米スタンフォード大学の教授を兼任する中内啓光さんたちは10年、ネズミの仲間のラットの膵臓を持つマウスの作製に成功し、この手法が有望だと証明した。
今年発表した研究では逆にマウスの膵臓を持つラットを作り、その膵臓を糖尿病のマウスの治療に利用した。
 
マウスとラットという比較的近い種の組み合わせではうまくいったが、生物としてより遠い関係にある人とブタでもうまくいくのか。
この答えにつながる研究成果を、米ソーク研究所(カリフォルニア州)などが1月に発表した。
 
研究チームは育ち始めたブタの受精卵に人のiPS細胞を注入し、子宮の中で3~4週間成長させた。
一部の受精卵で人の細胞はブタの細胞と混ざった状態で育ち、神経や筋肉、内臓など体の細胞のもとになる「三胚葉」という細胞の塊になった。
 
ただ人の細胞が含まれる割合は1%以下とまだ少ない。
ソーク研究所在籍時にチームの一員だった近畿大学講師の岡村大治さんは「今後は人とブタの細胞が一緒に育つ効率を高めることが課題だろう」と話す。
だが、種類が異なる動物の細胞が混ざって育つメカニズムには謎が多く、効率を上げるのは「かなり難しい」という。
 
動物の体内で臓器を作る研究は技術に加え、倫理の面でも課題を抱える。
日本では現在、01年施行のクローン技術規制法に基づく指針により、研究が規制されている。
動物の受精卵に人の細胞を加えて培養できる期間には制限があり、この受精卵を動物の子宮に入れることは禁止だ。
動物と人の細胞が混在したキメラが誕生しないように規制が徹底され、ソーク研究所のような研究はできない。
日本は世界に先駆けて規制を作ったため、海外と比べて厳しい。
 
米国や英国は人の細胞を動物の受精卵に入れ、子宮に移すことを原則として禁止していない。
日本でも13年に政府の総合科学技術会議がこうした研究を容認する見解をまとめ、指針の見直し作業が始まった。
だが、どこまで研究を認めるべきか論点は多く、3年以上が過ぎても改正案は固まっていない。
 
可能性は低いとされるが、ブタが人に似た知能や精神を持ったり、人の卵子精子ができたりしないのか。そもそも動物を犠牲にして人の臓器を作っていいのか、人の臓器や細胞を宿した動物を家畜と同列に扱えるのかという意見もある。
 
「臓器工場」を利用する研究をどこまで認め、治療に生かすのか。
日本でも真剣に考える必要があるだろう。

 
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参考・引用
日経新聞・朝刊 2017.2.17