がん新薬競争

がん新薬競争 薬価揺さぶる 1回5000万円、効果「劇的」 保険制度の見直し迫る

がん細胞を強力に攻撃するように遺伝子を改変した免疫細胞。
がんを撲滅する可能性があるとして、世界中の製薬会社がこれを応用した新薬開発にしのぎを削っている。 
ただこの新技術、壊すのはがんだけではない。
日本の薬価制度や製薬会社の研究体制をも揺さぶる破壊力を秘めている。

この新薬を簡単に言えば、ヒトの免疫細胞の一つであるT細胞を取り出して遺伝的に加工し、がんに対する攻撃力を高めた上で患者の体に戻す、という手法だ。
薬というよりは治療法の色彩が濃いが、各社は医薬品として販売する考えだ。
 
8月28日、米製薬大手ギリアド・サイエンシズが119億ドル(約1兆3400億円)もの巨費を投じるM&A(合併・買収)を発表。
この分野で知らぬ人のいない米創薬ベンチャー、カイト・ファーマを買収した。
その3日後、医薬品世界2位のノバルティス(スイス)が世界初の薬「キムリア」を米国で発売。
9月4日には武田薬品工業がこの分野への参入を表明した。

「新しい時代」
キムリアは小児・若年者の急性リンパ性白血病患者の8割で効果を示した。
小野薬品工業のがん免疫薬「オプジーボ」でさえも2~3割とされるなか、驚異的な治療成績といえる。
しかも投与はたったの1回ですむ。
 
製薬界は「新しい時代」に沸くが、課題は価格だ。
 
キムリアは1回の治療に47万5千ドル(約5300万円)かかる。
ギリアドが10月下旬に米国で承認を得た大細胞型B細胞リンパ腫の成人患者向け治療薬「イエスカルタ」は37万3千ドル(約4200万円)に設定された。
 
順当にいけば、2つの薬とも今後1~2年で日本でも承認されておかしくないが、障害となるのが日本の薬価制度だ。
 
オプジーボの場合、当初患者1人あたりに年間約3500万円かかる薬価が付いた。
保険財政を揺るがしかねないとして既存ルールを除外した特例が適用され、2017年はじめに薬価が半額に引き下げられた。
 
日本では、薬価は国が決め、企業は値付けに関与できない。
使われた薬剤費は一部の自己負担分を除き、大部分が医療保険でカバーされる。
一方で、新薬開発には2千億円超の研究開発費を要するとの指摘もあり、薬価の高騰は止まらない。
劇的な効果を示す新薬が相次いでいるのも確かだが、あまりに高額になれば保険の仕組みが崩壊しかねない。
 
「現在の価格でも費用対効果は高い」。
9月下旬に来日したノバルティスのバサント・ナラシンハン次期最高経営責任者(CEO)はこう語った。審査当局との話し合いに今後入るもようだ。

薬効けば支払い
一つの折衷策になるのでは、と業界が期待している方法がある。
ノバルティスが米国でキムリアを発売した際、低所得者層向けに適用した「アウトカムベース(成果報酬型)」の支払い方法だ。
1カ月後に腫瘍が検出されない場合、効果があったとみなして薬価の支払いを求める。
 
世界中の薬事当局が高額な薬に拒否反応を示しはじめているなか、受け入れやすい方式といえるかもしれない。
「透明性のあるフェアな薬価を考える上で一つのアプローチだ」と企業側は応援する。
日本では前例がないが、米英伊などでは実例があり、検査値が改善したら患者自己負担を下げる手法もある。
 
ただ、薬価制度の壁は高そうだ。
成果報酬型について「薬の効果をどう判定するか、患者負担や保険給付の関係をどう考えるかなど多分な問題がある」と国側は慎重。
製薬関係者は「議論自体は相当盛り上がっているが、早期の実現は難しいだろう」と話す。
 
ある製薬大手首脳は、国の予算の単年度主義がネックになっていると見る。
「1回の治療による高額報酬を保険でカバーできないなら、支払いを分割にすればいい。薬価制度を見直す時期にきている」。
「薬の新しい時代」は硬直的な制度を問い直している。

参考・引用
日経新聞・夕刊 2017,11,14