突発性難聴 再生医療に光

あれ、急に耳が聞こえない…突発性難聴 原因不明、再生医療に光

片方の耳が急に聞こえなくなる突発性難聴は、原因も確実な治療法も分かっていない難病だ。
両耳とも聞こえなくなったり、ほかの病気を併発したりすることは少ないのが不幸中の幸いだが、患部が脳や重要な神経に近いこともあり、外科的な治療をしにくい。
ようやく最近、再生医療で光明を見いだそうとする試みが出てきた。

長い目で観察、自然治癒も
50代のAさんは日曜日の朝、急に右耳が聞こえなくなった。
翌日近くの耳鼻科を受診したところ、聴力検査で突発性難聴との診断を受け、大学病院を紹介された。
大学病院は同じ検査をして炎症を抑えるステロイド薬と脳循環代謝改善剤を処方した。
 
1週間たっても症状はよくならなかったが、磁気共鳴画像装置(MRI)の検査では異常は認められなかった。今はステロイド薬はやめ、脳循環代謝改善剤を飲み続けている。
Aさんは少し良くなったような気はするが、はっきり治ったとは思えないという。

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これは突発性難聴の典型的な症例だ。
生まれつきの難聴や高齢化にともなう聴力の低下などとは異なり、ある日突然耳が聞こえにくくなる。
患者はいつ発症したかを明確に覚えているのが特徴だ。

東京医科歯科大学のT教授(耳鼻咽喉科)は「考え得る原因で説明できないのが突発性難聴の定義」と話す。子どもから高齢者まで発症するが、比較的中高年に多い。男女の差や左右の耳の差はないとされている。
 
突発性難聴の診断は一般的な聴力検査と「骨導」と呼ばれる特別な聴力検査を併用する。
一般的な検査はヘッドホンで流した音が空気を伝わって鼓膜に届く。
これを「気導」という。
骨導は耳の後ろに発信器をつけ、頭蓋骨を伝わって内耳に音が届く。
 
気導の検査は通常、125~8000ヘルツまでの8種類、骨導には6種類の周波数を使う。
気導が異常で骨導が正常なら外耳か中耳に問題がある「伝音性難聴」。
気導と骨導が同じくらい異常なら内耳か聴神経に問題がある「感音性難聴」と診断される。
突発性難聴は感音性難聴の一種だ。
 
また、聞こえなくなるのが高音と低音とに分かれるのが一般的だ。
低音の場合は、目まいやふらつきなどを引き起こす「メニエール病の初期症状と見なす報告が増えてきた」(T教授)という。
この場合、聴力はいったん元に戻るが、再度低下する。
 
突発性難聴の原因は明確でないが、現在はウイルス感染説と血行の循環障害説が挙がっている。
ただ、研究を重ねても該当するウイルスが見つからない。
また、他の器官が正常なのに耳だけ血行循環障害が起きるとは考えにくいというのが多くの専門家の見解だ。
リンパ液の漏れを疑う症例もあるが決め手はない。

病院で投与するステロイド薬はウイルス対策、脳循環代謝改善剤は血行障害対策だ。
しかし、これは「経験的に投与している。効果があるというエビデンス(医学的証拠)はない」とT教授は話す。
 
実施されている療法にはこのほか、高圧酸素治療と麻酔による神経節のブロックなどがある。
高圧酸素は内耳への酸素供給量を増やすのが目的だ。
神経節のブロックは血管拡張の効果を狙っている。
いずれも現時点でははっきりしたエビデンスはないという。
 
これまでの症例から突発性難聴患者の3分の1は何もしなくても治り、3分の1は症状が固定。
残りの3分の1は聞こえが少しよくなるが元には戻らないといわれている。
発症から2週間を過ぎると治療効果は著しく落ちるが、半年後に急に治ることもあり、年単位の観察が必要という。

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耳の器官ではなく、脳と耳の間にある聴神経に腫瘍があるケースもある。
いろいろな治療が奏功しない場合は、腫瘍の有無を調べるMRI検査に進む。
ある脳神経外科医は「神経のさやが腫瘍化して発症する」と解説する。
腫瘍といってもほとんどが良性で、聴神経を圧迫する以外の悪さはしないという。
 
この脳神経外科医は治療について「3センチ以上の腫瘍なら手術で、3センチ以下なら放射線を使って1センチ程度に小さくする。ただ腫瘍をすべて摘出することはない」と話す。
聴神経は表情を作る顔面神経などと一緒になっており、傷つけると顔面の引きつりなどが起きる恐れがあるからだ。
ただ手術しても聴力が回復するとは限らない。
 
京都大学のN講師らはステロイドが効かない突発性難聴患者向けに、身長が伸びない病気の薬を蝸牛管に入れて徐放させる再生医療に取り組んでいる。
弱った内耳の細胞の成長を促し、聴力を回復させる狙いだ。
 
これまでに患者約60人で効果を確かめた。
来秋からは日本医療研究開発機構の事業のもと、医師主導型の臨床試験(治験)を始める予定だ。
N講師は「突発性難聴の原因、病態について踏み込んだデータをとりたい」と語る。
 
突発性難聴生活習慣病と違って、日ごろの生活態度に気をつければ予防できるわけではない。
しかし発症直後は薬が効きやすいので、異常に気づいたらすぐに受診することが肝心だ。

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国内の患者、増加傾向
突発性難聴は1944年に海外で初めて報告された病気だ。
国内では厚生省(現厚生労働省)が74年に「突発性難聴の疫学・病因・治療に関する研究」と題する研究報告書を初めて公表し、注意を呼びかけた。
 
患者数は72年に人口10万人あたり3人だったが、その後は増加の一途をたどり、2001年には27.5人と約9倍になった。
有名芸能人が突発性難聴のショックを告白したことなどで、病名が広く知られるようになった。
 
患者の増加にはストレスや高齢化などさまざまな要因がからんでいるとみられるが、よく分かってはいない。

 
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参考・引用
日経新聞・朝刊 2015.12.6