最適治療へ 変わる診療ガイドライン

最適治療へ 変わる診療ガイドライン

患者と医療者が治療方針を決めるときに活用する「診療ガイドライン」が大きく変わりつつある。
科学的な根拠に基づいた最適な治療法を示す工夫に加え、ガイドラインを作る委員を公募したり議論の過程を明記したりすることで、透明性を高めようとしている。

科学的根拠 明示し「推奨」
ガイドラインは主に病気別に作られ、患者の状態をみて最も効果的な治療法を選べるように示したものだ。
患者がどの医療機関にかかっても最適な治療を受けられるよう、治療の標準化をねらっている。
 
集中治療医学会、呼吸療法医学会、呼吸器学会は昨年、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の診療ガイドラインを共同で作った。
ARDSは肺の中に水がたまって呼吸が困難になる病気で、肺炎、誤嚥などがきっかけで起きる。
年間約2万人が発症し、うち30~50%が死亡すると推計される。
 
ガイドライン統一にあたって国際標準の「GRADEシステム」を採り入れることにした。
国内で採り入れた例はまだ少ない。
 
GRADEシステムとは、世界中の研究論文を網羅的に集めて評価し、臨床現場で判断に迷うような疑問にQ&Aで答えを示す方式。
科学的な根拠(エビデンス)がどの程度あるかを明示し、治療法や検査法を行うべきか否か、強弱をつけて推奨するのが特徴だ。

ARDSのガイドラインでは、呼吸管理や薬の使い方など13の疑問が設定された。
研究論文を評価してまとめる担当者や、推奨内容を決めるパネル会議の委員は一部公募で選んだ。
看護師、臨床工学技士、患者家族らも参加し、患者の価値観や費用、医療資源にも目配りしながら作成した。
 
例えば、「人工呼吸を実施する際、1回換気量を低く設定するべきか」という問いには、1回の換気量を標準体重1キログラム当たり6~8ミリリットルとすることを「強く推奨する」とした。
複数の研究論文を評価したところ、低い量の換気で死亡が減少する傾向がみられたからだ。
一方、「腹臥位(うつぶせ)管理を行うべきか」との問いの答えを出すには、曲折があった。
 
複数の研究で、うつぶせの方が患者の死亡率を減らせるとの結果が出ている。
だが、人工呼吸器をつけた患者を仰向けからうつぶせにしたり元に戻したりするには人手がかかる。
議論の末「弱い推奨」とした。
 
日本は看護師が少ないICUも多く、すぐにすべての施設で行うのは難しい。
このガイドラインがどうしたらできるかを考えるきっかけになればいい。
GRADEシステムを用いることで一歩先に進んだものを提示できた、と作成委員長は言う。
国内の臨床研究で得られたエビデンスがわずかしかないことなど、日本の医療の問題点も明らかにできた。

患者側「難解もっと工夫を」
日本で本格的に診療ガイドラインが作られるようになったのは1990年代末のことだ。
当初は複数の専門家が意見を出し合って作るやり方で、発言力が強い医師の考えに影響を受けやすかった。
 
その後、臨床研究の結果をふまえた、科学的根拠のある治療法を示すやり方が主流になった。
中でも、患者を無作為に複数のグループに分けて異なる治療法の効果を検証する「ランダム化比較試験(RCT)」の結果が最も信頼性が高いとして重視された。
 
だが、RCTであっても研究の質にはばらつきがあり、研究結果が必ずしも真実を示していない可能性が指摘されるようになった。
そこで、過去の研究論文を網羅的に集めて、それらの質を評価したうえで、推奨内容を決める方式が導入されるようになった。
 
GRADEシステムは、そうした作成方法の一つ。
GRADEシステムに精通した専門家はまだ少ないが、今後採用例が少しずつ増えていくと思う。
推奨を決めた根拠や途中の議論が明らかにされることで、ガイドラインの透明性が増し、信頼性が高まるものと思われる。
 
ガイドラインの作成の背景や決定の過程が患者にもわかることは意義深い。
ただ、エビデンスといった言葉は患者には難しい。
もっとわかりやすい言葉を使い、患者が理解できるような工夫が必要ではないか、と言う患者側の意見もある。

GRADEシステムによるガイドライン作成の流れ
1. 臨床現場で判断に迷う疑問を設定
2. 関係する研究論文を網羅的に検索
3. 研究結果から得られた科学的根拠(エビデンス)の質を評価
4. パネル会議で治療法の推奨を決める

参考・引用
朝日新聞・朝刊 2017.10.11