アスピリンの効果と限界

「血液をサラサラにする薬」 アスピリンの効果と限界

「5年生存率」「検査陽性」「基準値」「平均余命」「リスク」・・・。
われわれはニュースで見かける健康・医療関連の数字の意味を、正しく理解しているだろうか? 
病気にまつわる「数字」について、誤解しがちなことも多い。
数字の読み方、解釈の仕方についてわかりにくいこともしばしばだ。
 
血液サラサラ」は、健康番組やCMなどではおなじみのフレーズだ。
血管に血のかたまり(血栓)をつくらないようにするための薬のことを、「血液をサラサラにする薬」と説明される。
 
血栓は、血液のスムーズな流れをさえぎり、心筋梗塞脳卒中といった、命にかかわる病気を引き起こす原因になる。
そうならないために飲むのが「血液をサラサラにする薬」であり、その代表例の一つがアスピリンだ。
 
アスピリンは、いったん心筋梗塞脳卒中を起こしてしまった人が、再び繰り返さないようにする(これを二次予防という)効果が認められている。
しかし、そうした病気をまだ起こしたことのない人が、起こさないようにする(これを一次予防という)効果については、実はよく分かっていなかった。
 
日本循環器病学会の「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)」によると、「複数の冠危険因子を持つ高齢者に対するアスピリン投与」はクラスII、つまり、投与してもよいとされている。
ここで言う冠危険因子とは、高血圧、糖尿病、脂質異常症などのことだ。
ただしこのガイドラインでは、「現在、アスピリンの一次予防効果に関する研究が進行中であるが、今後こうした試験結果(エビデンス)を蓄積し、日本人における適切なガイドラインを作成することが急務」とも書かれていた。

アスピリンの効果を検証した試験結果が論文に
そしてついに、2014年末、日本発のその研究(JPPP試験)の結果が、論文として発表された(JAMA. 2014;312:2510-20.)。
 
JPPP試験の対象者は、高血圧、糖尿病、脂質異常症のいずれかまたは複数を合併しているが、心血管疾患(心筋梗塞脳卒中など)は起こしたことのない、60~85歳の高齢者(平均70歳、男性42%)。
全国から登録された7220人にアスピリンが投与され、心血管疾患を起こすかどうかが追跡された。
約5年後、心血管疾患で死亡したり、死亡はしなくても心筋梗塞脳卒中などを起こした(これを一次エンドポイントという)人は、わずか2.77%だった。
薬の効果はきちんと「割合」で示されている。
 
これだけなら、アスピリンを飲んでいたからこそ、ほとんどの人(100-2.77=97.23%)が心筋梗塞脳卒中を起こさずに済んだ、言い換えれば、アスピリンには、心筋梗塞脳卒中を予防する効果があると考えたくなる。
 
だが、この結果には続きがある。
実は、この試験では、7220人にアスピリンを飲んでもらうと同時に、別の7244人にはアスピリンが与えられなかった。
もう少し詳しく言うと、登録された患者を、アスピリン群と非アスピリン群とにランダムに2群に分けて、それぞれを追跡した。
このような試験方法のことを、ランダム化比較試験という。
 
その結果、非アスピリン群でも、一次エンドポイントを起こした人は2.96%だったのだ。
アスピリン群の方がわずかに少ないと思うかも知れないが、2.77%と2.96%の差は、統計学的に見て意味のある差とはいえない。

要するに、アスピリンを飲んでも飲まなくても、心血管疾患のかかりやすさは変わらなかったのだ。
実際、研究結果を示した図を見ると、アスピリン群と、非アスピリン群とで、折れ線がほとんど重なっていることが分かる。
 
ここで言いたいのは、薬(やサプリなどを含め、治療法・予防法なら何でも)が効くかどうかを判断する際には、その薬を飲んだ人のことだけで考えてはいけないということだ。
飲まなかった人との比較でなければ、薬が効いたかどうかは分からない。
このことは、いくら強調してもしすぎることのないくらい重要なことだ。
 
実際には、ある治療を行った場合と、行わない場合を比較するのは、意外に難しいものです。例えば、自分の病気の治療法にAとBの2通りがあった場合に、Aを行いながら同時にBを行って比較することはできない。自分にとってAとBのどちらがよいのか比較してみたくても、いったんAを行ってから、タイムマシンで治療前の状態に戻り、今度はBを行う、などということはできないのだ。
 
だからこそ私たちは、過去のいずれかの時点で、自分以外のだれかが参加した臨床試験の結果を参考にしながら、自分だったらどうしたいかという判断をするわけだ。
今回紹介したJPPP試験でも、試験に参加した1万4464人の患者さんは、約10年も前の2005~07年に登録されていた。
過去の患者さんが試験に参加してくれたからこそ、現在の患者にとって有用な情報が得られるのだ。

あらゆる治療・予防法にはメリットとデメリットがある
アスピリンの副作用として、出血が起こりやすくなることが知られている。
そもそもアスピリンは、止血に関係する血小板の働きを抑えるので、出血が起こりやすくなることは当然予想される。
JPPP試験では、輸血や入院を必要とするほどの重症の頭蓋外出血は、アスピリン群で0.86%、非アスピリン群で0.51%と、アスピリン群の方が多く、これは統計学的に見て意味のある差だった。
そのためこの試験は、当初予定されているより早期に終了された。
アスピリンを続けることにより、患者をみすみす出血のリスクにさらすことはできないからだ。
 
アスピリン心筋梗塞脳卒中を予防する効果があるならば、高血圧や糖尿病を患う高齢者にとってメリットがあるだろう。
しかしその半面、アスピリンの副作用で出血し、入院しなければならないとすれば、それはアスピリンのデメリットといえるだろう。
どんな治療法にも、メリットとデメリットの両方がある。
判断する際には、その両方を比較するだけの心の余裕をもちたいものだ。

参考・引用
日経Gooday 2015.2.23