「統計的に有意」誤解の温床で有害

「統計的に有意」誤解の温床で有害 ネイチャー論文波紋

薬の効果を確かめる論文や世論調査などで表れる「統計的に有意」という考え方は有害で、やめるべきだ・・・。
そんな論文が英科学誌ネイチャーに投稿され、波紋を広げている。統計的に有意かどうかはもともと、ある結果が偶然かどうかを判断する指標に過ぎないのに、それが独り歩きして判断を誤る原因になっているからだ。世界の800人以上の研究者がやめることに賛同した一方、科学的な判断や意思決定にも影響しかねないと反論も出ている。
 
副作用否定できない薬
論文は、疫学や統計学などが専門のスイスと米国の研究者3人が執筆した。抗炎症薬の副作用について、実際にあった不思議な「矛盾」を紹介している。同じ薬の副作用を調べたのに、ある試験は薬と副作用に「関係がある」とし、2年後の別の試験は「関係なし」と結論づけた。
 
なぜこのようなことが起きるのか。論文は「統計的に有意」の解釈が誤っていたからだと書く。
 
「統計的に有意」とは、ある結果が偶然とは思えないということを数学的に表現したものだ。
さいころを振って同じ目が10回連続で出た場合、偶然ではなく、さいころに仕掛けがあると考えるべきだ。
 
後者の試験は「副作用が出た人が有意に増えなかった」という結果で「薬と副作用に関係があるとは言えない」との解釈が正しい。
しかし、「副作用と関係はなかった」と誤解され、副作用が否定で
きない薬が流通し続けることになった。
 
大阪市立大の新谷歩授(医療統計学)によると、1980年代には、効果が証明されていない薬が多数流通していたという。
 
後発薬の効果に「先行薬との差があるか」を調べた試験で、「有意な差はなかった」という結果が出た。
意図的なのか誤りなのかわからないが、後発薬は先行薬と「同等
の効果がある」と解釈され、効果が証明されないまま出回ることになった。
  
「統計的に有意」な場合は解釈の間違いは起きにくいが、「有意」でない場合が鬼門だ。
参加者の少ない試験では有意な差が出ない結果が出やすいが、そうした試験の立て付けの問題なのか、実際に薬の効果に差がないのかなどはわからない。
にもかかわらず、有意でないことだけを根拠に「白か黒か」を言い切る例が多い、と論文は警告する。
3人の調べでは、生物学・医学の論文791本の51%が「有意」でない場合の解釈を誤っていたという。
 
3人は「統計的に有意という考え方をやめるべき時だ」として世界の研究者に署名を呼びかけ、50カ国以上の約800人から賛同を得た。
 
この種の誤解は長年、続いていた。
統計学会は2016年、今回の論文と同じ趣旨の声明を発表している。

「意思決定に影響」反論も
ただ「統計的に有意」の考え方は科学の世界に深く根を下ろしている。
科学的知見を元にした意思決定ができなかったり、遅れたりする可能性もある。
 
ネイチャー誌も「意味のある議論」と題した社説で「現時点では、投稿された論文の評価で統計解析に対する考え方は変えない。
しかし3人の考えを共有することを勧める」とした。
英紙フィナンシャル・タイムズは「『統計的に有意』をやめると医療や交通規制などで誤った結論が導かれるだろう」とする投書を掲載した。
 
国立がん研究センターの後藤温・代謝疫学研究室長は、論文に署名した800人のうちの一人だ。
「統計的に有意かどうかは、ヒトの全遺伝情報を網羅的に調べて病気との関連を調べるような、何百万個もの変異から候補を絞り込む物差しとして必要」としながらも『医療の分野では、それだけで価値判断することは危険をはらむ」と指摘する。
 
大阪市立大の新谷教授は「統計的に有意かどうかで白黒をつけることは確かに便利だが、他の情報にも目を配り、総合的に判断するべきだ」と話す。

朝日新聞・朝刊 2019.6.20

関連サイト
実際あった「統計的に有意」の落とし穴
hhttps://aobazuku.wordpress.com/2019/06/21/実際あった「統計的に有意」の落とし穴/