一過性脳虚血発作

きょうは一過性脳虚血発作をとりあげます。
脳の細小動脈が一過性に詰まったり、細くなって血液の流れが減少して起きる脳卒中の一種で、半身の麻痺やしびれ、軽い言語障害などを起こしますが、たいてい数分から数時間で感覚が戻り症状は消失します。
症状が数分から数時間で治まるのは、その間に血栓が溶けて流れたり、減少した血流が回復して血管の狭窄部分の先に血液が流れるようになるためです。



#一過性脳虚血発作(TIA)はどんな病気か
一過性脳虚血発作(TIA)とは、脳に行く血液の流れが一過性に悪くなり、運動麻痺、感覚障害などの症状が現れ、24時間以内、多くは数分以内にその症状が完全に消失するものをいいます。
脳梗塞(のうこうそく)の前触れとして重要です。


#原因は何か
大きく分けて2つあります。
ひとつは血管の壁にできた小さな血栓(けっせん)が脳内の動脈に流れていく場合です。
頭蓋骨外の頸動脈や椎骨脳底動脈のアテローム硬化病変がみられる部位から微小な血栓がはがれて、脳内の血管へ飛んで詰まり、症状が現れます。
脳の血管が詰まると、その部分の組織の循環と代謝に障害が起こり、機能が停止します。
脳の機能はそれぞれの部位で違うので、損なわれた部位により症状は違ってきます。
血栓がその場所で詰まったままで、その組織の障害が元にもどらないほどの程度になると、脳梗塞と呼ばれる状態になります。
 
しかし血栓が小さかったり血栓の詰まり方が弱いと、いったん詰まった血栓は自然に溶けて再び血液が流れるようになり、症状は消失します。
この状態が一過性脳虚血発作です。
心臓弁膜症、心房細動、心筋梗塞などの心疾患が原因になる場合もあります。
ごくまれに、線維筋形成不全症(せんいきんけいせいふぜんしょう)という血管の奇形や血管炎などが原因になることもあります。
 
もうひとつは、血圧が急激に低下する場合です。
もともと動脈硬化があることから、太い動脈の狭窄や閉塞があり、これに全身の血圧の低下が加わり、脳への循環が悪くなる状態で、脳血管不全とも呼ばれます。
 
TIAが臨床的に重要なのは、脳梗塞の前触れになるからです。
TIAがあった場合、約10%が1年以内に、約30%が5年以内に脳梗塞を発症するとされています。


#症状の現れ方
TIAの発症は急激で5分以内に症状が完成し、2~30分(多くは数分)続きます。
大脳へ行く血管系には内頸(ないけい)動脈系と椎骨動脈系とがあります。
内頸動脈系のTIAでは半身の運動麻痺、感覚鈍麻(どんま)、失語症(言葉が言えない、理解できない)、片眼の視野障害などの症状がみられます。
椎骨脳底動脈系のTIAではめまい、構音障害、物が二重に見える複視、意識障害を伴わないで下肢の脱力のために転ぶドロップアタックといった症状がみられます。

#検査と診断
診断には頸動脈の超音波ドプラー検査が有用で、血管の内中膜の厚さや、動脈硬化の指標になるプラークの状態を調べます。
血管の病変が原因のTIAでは、詰まりの源になる脳血管の病変を調べることが重要で、脳血管撮影を行い、その狭窄部位と狭窄の程度をみます。
 
拡散強調画像MRIは急性期の脳梗塞の有無をみるのに有用です。
頸部から血管の雑音を聴き取ることもあります。
心疾患が疑われる場合には心エコー検査を行います。


#治療の方法
TIAは多くの場合、診察時には症状がおさまっているので、再発予防が重要です。
そのためには脳梗塞の危険因子となる高血圧、糖尿病、高脂血症の管理、禁煙指導、心疾患の治療、経口避妊薬の中止、運動指導などを行います。

再発予防のための薬物治療としては、抗血小板薬であるアスピリンまたはチクロピジンを用います。
(コメント;血小板は血液を固まりやすくする働きがあります。この作用を抑えるのが抗血小板薬です。この薬剤を使って血栓の形成を防ぐ治療を「抗血小板療法」といいます。これらの薬剤にはアスピリン、チクロピジン、シロスタゾール、クロピドグレルがあります。最新の「脳卒中治療ガイドライン」で推奨されているのは、アスピリンとクロピドグレルです。クロピドグレルは2006年に認可されました。)

しかし、抗血小板療法だけで脳梗塞の予防効果が期待できるのは20~30%程度です。
予防を確実にするためには、降圧薬や高脂血症薬などで動脈硬化の危険因子をコントロールすることも必要です。



TIAの最後の発作から少なくとも1年以上は投与し、基礎疾患のある場合にはさらに長期にわたり投与します。

頸動脈の血管病変がひどく70%以上の狭窄がある場合は、頸動脈内膜剥離術と呼ばれる手術が行われます。


#一過性脳虚血発作(TIA)に気づいたらどうする
一過性の脳の循環障害の症状は、脳梗塞の前触れとして重要です。
TIA発症後に脳梗塞を起こす割合については多くの報告があります。
平均で90日以内に12%。
しかも発症後の日数が短いほど患者数が多く、3割は24時間以内に発症するといわれています。
一過性の脱力、しびれなどの症状が現れ、TIAが疑われる場合は必ず受診して検査を受ける必要があります。
 
2週間以内に4回以上の発作がある場合、2週間以内に頻度、持続時間、重症度が急速に増している場合、心臓の異常が塞栓(詰まり)の原因と考えられる場合は、早期入院が必要です。
このような状態を心原性脳塞栓症といい、これもTIAの原因となります。
この場合は抗血小板薬ではなく、抗凝固薬(ワルファリンなど)が使われます。

TIA発症後の脳梗塞発症リスクの判定には、「ABCD2スコア」が使われます。



<参考および引用サイト>
一過性脳虚血発作(TIA
http://health.goo.ne.jp/medical/search/10810300.html


<参考書籍>
週刊朝日 2010.1.1-8 名医の最新治療 「一過性脳虚血発作」
■片目が見えなくなる(片眼の視野障害)のは「一過性黒内障」といってTIAの代表的症状です。
はがれた血栓が頸動脈から枝分かれたした眼動脈に流れ、一時的に網膜の血流を途絶させるために起きます。
TIA脳梗塞の前触れとなる重要な症状ですが、 短時間で症状が消えてしまうため、軽視されがちです。
医師でさえTIAの怖さを認識していないことが多いのです。
欧米では、すでにTIAを救急疾患の対象とし、脳卒中を水際で防ごうという考えが浸透しつつあります。


<関連サイト>
一過性脳虚血発作
http://www.peare.or.jp/peare/a/03bran/0303bran.html
#生活習慣改善アドバイス
●塩分を控えめにする(1日に10g以内に)
●ナトリウムの排泄を促すカリウムを多く含む食品(りんご、枝豆、バナナ、カボチャなど)を積極的に摂る
●血圧を下げる作用があるといわれるカルシウムを豊富に含む食品(乳製品など)、マグネシウムを豊富に含んだ食品(焼きのり、昆布、ごまなど)を食べる
●動物性脂肪やコレステロールを多く含む食品やを控えめにする
●アジやサバ、イワシなど青背の魚に多く含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)などの不飽和脂肪酸を積極的に食べる
●適度な運動や日常で積極的にからだを動かす
●太り過ぎに注意する
●充分な睡眠と休養でストレスを解消する
●禁煙する
●お酒は飲み過ぎない(日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、ウイスキーならダブル一杯)

一過性脳虚血発作
http://tv.novartis.co.jp/novartis-tv/brain/torigoe/index.html
(動画で説明しています)

TIA (一過性脳虚血発作) 後の脳卒中」 (半数は24時間以内に発症)
http://rehabilidogenka.blog54.fc2.com/blog-entry-145.html
■ABCD2スコア [Lancet 2007 Jan 27; 369 (9558):283~292]

 A:Age (60歳以上=1点)
 B:BP (TIA後最初に測定された血圧:収縮期血圧140mmHg以上
   または拡張期血圧90mmHg以上=1点)
 C:Clinical features (臨床症状:片麻痺=2点、構音障害のみ=1点、
   その他=0点)
 D:Duration (TIA症状の持続時間:60分以上 =2点、10~59分=
   1点、10分未満=0点)
 D:DM (糖尿病あり=1点)

 7点満点で、
 ◎6~7点:2日間で脳梗塞になる高リスク (8.1%)
 ◎4~5点:2日間で脳梗塞になる中等度リスク (4.1%)
 ◎0~3点:2日間で脳梗塞になる低リスク (1.0%)

脳卒中急性期医療をめぐる課題と展望 (TIA:一過性脳虚血発作)
http://rehabilidogenka.blog54.fc2.com/blog-entry-66.html
TIAに関する重要ポイント
(a) TIAの早期診断・治療が脳卒中を防ぐ。
(b) TIAは、メディカル・エマージェンシーである。
(c) ハイリスクのTIA患者を早期に診断・治療すれば、脳卒中そのものを起こさなくても済むわけであるから、結果的に医療経済効果ははるかに高くなる。
(海外のデータ:TIAを早期に治療すれば脳卒中のリスクは半減する)。
(d) TIAは、脳にとっての不安定狭心症である。 (不安定狭心症を放っておいたら、心筋梗塞になるのと同様に、TIAを放っておいたら脳卒中になる)。
(e) TIAは、脳卒中予防五段階の崖っぷちである。
(f) TIAを正確に診断すること。
(g) TIAは、脳卒中の予行演習である。
(h) TIAは、48時間以内 (あるいは24時間以内) に評価を終わらせ、治療を始めなければならない。
(i) TIAは、脳卒中の重いものの予備軍である。
(j) completed stroke よりも、TTIAの方が、発症後3か月以内の脳卒中のリスクは高い。
(k) TIAを疑わせる患者さんには、なるべくその時に、ABCDスコア2 や、脳卒中専門病院であれば頸部エコー、MRI/MRA等を行い、その場で 「がけっぷち」 のTIAか否かの診断ができるシステムをつくること。

TIA 「べからず集」
(a) TIA患者さんに、「良くなって、よかったですね」 と言って安易に帰すべからず。
(b) TIAでないものを、安易にTIAと言うべからず。(例:失神や意識消失発作に対してTIAと診断する医師は多い。
実際は重篤不整脈が隠れていたりするなど、心臓疾患の可能性も含めて考えなければならない)。
(c) TIAを見落とすべからず。(救急の現場ではいわゆる局所神経症状が出ている 「がけっぷちのTIA」 を絶対見落とさない。「手のしびれ」 もTIAの可能性あり)。
(d) TIAを、「脳卒中の軽いもの」 と安易に言うべからず。
(e) 「アテローム血栓症や心原性脳塞栓症は重い病気で、それより軽いラクナ梗塞、さらに軽いTIAがある」 と安易に思うべからず。



読んでいただいて有難うございます。
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