日本癌学会市民公開講座2010  その2

日本癌学会市民公開講座2010  その1
http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy/archive/2010/11/6

の続きです。



②負担少ない腹腔鏡手術、増加

大阪大教授・土岐祐一郎さん
人はがんを治すために、手術を発達させてきました。
そして多くの困難を乗り越え、最初の本格的ながんの手術は今から約130年前の胃がん切除に始まりました。現在までにがんの手術はどのように進歩したかを考えてみます。
 
初期の手術はがんの部分だけを取っていたのですが、再発が多いので周りのリンパ節も一緒に取ると再発が少ないということが分かりました。
では、リンパ節さえ取れば良いかというと、ある一定以上はリンパ節を取っても成績は良くならないということが臨床試験により証明され、手術の限界が見えてきました。
 
なぜなら、進行しているがんでは手術の段階で目に見えない転移が全身にあって、それが手術後に大きくなるからです。
「目に見えない全身の転移」というのは恐るべき敵です。
これについては抗がん剤治療が有効であるということが分かってきました。
 
目に見えるがんは手術で取って、目に見えないがんは抗がん剤で消滅させる、手術と抗がん剤はお互いの弱い部分を補っており、両方の治療を併用することでより多くの進行がんを根治できるようになりました。
 
また、手術で治る人が増えるにつれて、体の負担がより少ない手術を行う必要性が出てきました。
その代表が腹腔鏡手術です。おなかに小さな穴をいくつかあけ、手の代わりに鉗子を、目の代わりにカメラを使ってする手術で、術後の痛みが少なく回復が早いことが知られています。
 
この手術は近年爆発的に増えてきており、2007年には日本全体の5万件の胃がん手術のうちの10%が腹腔鏡手術で行われていました。
恐らく今年あたりは20%を超えて、最終的には進行がんを除いた50%ぐらいが腹腔鏡手術になると思います。
さらに最近では、へそや膣などを通じて傷を残さない手術や、ロボット支援手術なども開発されています。
 
一方で、手術で失われた臓器機能を回復する試みも重要です。
例えば最近、胃がん手術の後遺症の多くは胃から分泌されるグレリンというホルモンが失われるために起こることが分かりました。
このホルモンを補充する療法の開発が期待されています。
 
手術は万人が望む治療ではありません。
しかし、手術の肉体的負担は小さくなり、化学療法のお陰で手術で治せるがんも増えています。
必要な場合は手術を恐れずに受けるようにしてください。




放射線、がん狙う精度高まる

奈良県立医大教授・長谷川正俊さん
放射線治療で切らずに治せるがんが増えてきました。
喉頭がんや前立腺がん、子宮がんでは手術にほぼ匹敵する治療成績を上げています。
比較的早期のがんを放射線だけと、放射線抗がん剤で治す例が増えています。
一方、やや進行して簡単には治らない段階の肺がんや食道がんなどを放射線抗がん剤で治療する場合が増えています。
 
臓器の形や働きを残せることが多いのが、放射線治療の最大の特長です。
例えば喉頭がんで摘出手術すれば声が出なくなりますが、放射線治療ではそのようなことはありません。乳がんでは小さな手術の後に放射線治療をします。
放射線治療をすることで大きな手術をせずに済み、乳房を残せます。
第二の特長は体への負担が少ないこと。
高齢者や、心臓や肺が悪くて手術できない人でも治療を受けることができます。
 
放射線治療はこの十数年で相当進みました。
実際最もよく行われているのは、体の外から放射線をあてる方法です。
がんだけに放射線をたくさんあて、がん以外にはなるべくあてないようにする。
そのための技術が開発されています。

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最も一般的なのは、強力なX線をあてるリニアックという機械です。
X線のあて方も様々です。
前後から、左右から、あるいはいろいろな方向からの定位放射線治療(ピンポイント治療)などです。
また、コンピューターを使って放射線を複雑にあてることもできます。
特に強度変調放射線治療(IMRT)は、がんや臓器の形に応じて正確にあてることが可能です。
 
最近の技術として、画像誘導放射線治療があります。
治療の時にCT撮影などでがんの位置をその場で確認しながら放射線をあてるので、さらに精度が高くなります。
 
最先端の放射線治療には、陽子線や重粒子線などの粒子線治療があります。
放射線がねらったところまでで止まりそこから先はほとんど当たりません。
がんの周りの放射線量を著しく減らすことができ、がんの部分に強力な放射線をあてることが可能です。
 
体外からの放射線治療のほかに、体内の局所に放射線が出るもの(線源)を埋め込む小線源治療もあります。



④血管新生阻止してがん退治

東京大学ゲノム医学講座 特任教授、自治医科大学ゲノム機能研究部教授 間野博行さん
われわれの体の細胞は、なぜがんになるのでしょう。
一つひとつの細胞は、細胞膜という脂でくるまれています。
外から様々な刺激が来ても、膜に入っていけません。細胞は、外からのシグナル(たんぱく質)を表面で受けとるたんぱく質を持っています。
 
このたんぱく質を受容体と言いますが、細胞を増やす刺激「成長因子」を受け取る受容体が細胞ごとに存在しています。
これら受容体およびそのシグナルを細胞内で伝える(経路をつくる)遺伝子群はいわば「遺伝子の精鋭部隊」で細胞が増えるメカニズムを専門的に調整しています。
 
じゃあなぜがんが起きるのか。
実はその精鋭部隊の一つがうそつき、オオカミ少年になってしまうんです。シグナルが来ていないのに、常に「シグナルが来たよー」とうそをついて、恒常的に増殖システムをスイッチオンにしてしまう。
これが、我々の体の中に起きるがんなのです。

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なぜうそつきになるかというと、その精鋭部隊の遺伝子上に様々な形で異常が生じるからです。
分子標的治療薬というのは、細胞の増殖をつかさどる精鋭部隊の遺伝子の機能を抑える薬のことです。
 
分子標的薬には、2種類あります。
一つは、実際にうそつきで、細胞をがんに導いているうそつき遺伝子を直接やっつけるタイプの薬。
こちらは、劇的な治療効果をもたらします。
ところが悪い点は、このうそつき遺伝子が無いがんには全く効かないわけです。
つまり治療効果は大きいけれども、狭い範囲のがんにしか効かないのです。
 
もう一つは細胞の精鋭部隊のメンバーのうち、直接発がんに関与していないものを抑えるタイプです。
こちらは効果は弱いのですが、広い範囲のがんに役に立ちます。
その一つに、血管新生阻害剤があります。
 
がんが増える際には、何とかして自分の腫瘍の中に血管を呼び込み、血流をたくさん引っ張ろうとします。
 
血管を増やす成長因子をブロックすると多くのがんに効くのではないかということが予測され、大腸がんに効くベバシズマブ(商品名アバスチン)、腎臓がんに効くソラフェニブ(商品名ネクサバール)といったお薬が出てきました。

がん分子標的治療の新展開(動画)
http://www.jca.gr.jp/stream/016/04-mano/index.html#index=0




⑤苦痛ない免疫療法、研究進む

三重大教授・珠玖洋さん
がん免疫療法への期待が高まっています。
今春、米国で前立腺がんのワクチンが承認されました。
2007年にはスイスで脳腫瘍、08年にはロシアで腎臓がんのワクチンが承認をされました。
 
免疫療法は患者さんに苦痛がなく、体に優しい治療です。
さらにがんの再発や転移を防ぎ、進行を遅らせることが期待されています。
 
私たちの体内の免疫細胞は、がん細胞を見つけ出して壊すことができることがわかってきました。
 
免疫細胞ががん細胞を見極めるためのマーカーを抗原といいます。
その抗原が最初に見つかったのが1991年です。
それはたんぱく質の断片でした。
この20年間で少なくとも100種類以上がその標的になることがわかってきました。
この抗原を患者さんに投与して、体の中でがんに刃向かえる免疫細胞を活性化します。
活性化された免疫細胞ががん細胞を壊します。
 
優れたがんワクチン開発には様々な工夫が必要です。
一つはどの抗原をワクチンに使えばいいか、100種以上ある中から選ばなければなりません。
免疫反応が起こる場所に届ける仕掛けも必要です。
 
我々は、そうした仕掛けのあるワクチンを開発しました。
このワクチンを投与すると免疫細胞が活性化することを動物実験で確かめ、数年前に臨床試験を始めました。
食道がんの患者さんに投与したところ、がんが縮小しました。
実用化に向けて努力を急いでいます。
 
しかし、がんに反応する免疫細胞はわずかです。
残念ながらがん細胞に比べて、免疫細胞の数が足りません。
ならば外で免疫細胞を増やして、患者さんに点滴すればいいと私たちは考えました。
 
さらに、がん細胞を判別する遺伝子を組み込んで治療効果を高める技術も開発しました。
患者さんからいただいた50~100ccの血液を拠点の施設で加工して、患者さんが治療を受けている病院に届ける。
そうすれば、患者さんがどこにいても先端治療が受けられます。
 
しかし、がん細胞もしたたかで、免疫を抑える仕組みがあります。
免疫療法の効果を高めるにはがん細胞の周りにあるバリケードを崩す必要があります。
こうした薬を併せて開発する必要があり、研究が進められています。
私たちの目標はがんを治す免疫療法です。免疫システムの潜在能力を生かした総合的な免疫療法の開発を進めています。



出典 朝日新聞・朝刊 医療面 2010.10.21
版権 朝日新聞社



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三岸節子 「グアディスの家」  1988年 83歳
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