子宮頸がん・検診後進国ニッポン

2010年10月30日に感染症学会・福井大学朝日新聞社主催の市民公開シンポジウム「感染症でおこるがん-がんの予防をめざして」が福井市で開かれました。

きょうは、自治医大さいたま医療センター産婦人科の今野良教授の講演の記事を紹介します。


子宮頸がんとヒトパピローマウイルス(HPV)

子宮頸がんは、初期に気づくことができたら、子宮の一部を切り取る手術で対応が可能で、5年生存率も92%と高いのですが、この時期には自覚症状がありません。
気付かずにいると、進行度にあわせ、5年生存率はどんどん下がっていきます。


病期(5年生存率)
?鵯期(92.1%)、 ?鵺期(69.8%)、?鶚期(48.9%)、?鶤期(17.2%)


シンポで患者としての体験を語ってくれた女優の仁科亜希子さんは、偶然子宮頸がんに気づきました。
 
すでに初期を越え、やや進んだ状態だったため、抗がん剤に加え、子宮を含む骨盤内の組織を広く切り取る手術と放射線照射を受けなくてはなりませんでした。そのため、様々な後遺症に襲われることになりました。
 
しかし、この時点で気づけたことはまだ運がよかった、と語ります。
「気づかなければあと2年の命でしたね」と医師に言われたそうです。

いかに早くがんに気づくかが、命の行方だけでなくその後の生活の質をも大きく左右することがよく分かります。

自覚症状のない初期のがんに気づくには、検診が鍵を握るのですが、今野さんが示したデータは衝撃的でした。
 
下は先進国14カ国の子宮頸がん検診受診率の比較グラフです。


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米国が8割を超えているのをはじめ、日本以外の国は6割を下りません。
そして日本は、わずか2割少々。
大変な「後進」状況です。

今野さんによると、成人女性の8割以上が、生涯に一度はHPVに感染します。
実にありふれたウイルスです。
子宮頸がんは、私も含めほとんどすべての女性にとって、すぐそこにある危機なのです。
 
仁科さんは、講演でこう訴えました。
 
「20年たったいまでも再発の不安におびえます。体のどこかが痛いと思うと胸がどきどきします。がんは精神的にも金銭的にも、時間的にもマイナスの多い病気です。11~14歳ぐらいの女の子はぜひHPVのワクチンを受けてください。そして、20歳を過ぎたら子宮頸がん検診に行ってください」

HPVワクチンは、人類が初めて手にしたがんを予防するワクチンです。この業績は、08年のノーベル医学生理学賞を受けました。

日本では、今年度から国が公費負担をはじめる見通しがついてきました。
ワクチンは100%がんを防ぐとはいえませんが、海外のデータでは、11~14歳の女子に接種すると予防効果は7割あるとされています。

今野さんは日本で12歳の女の子全員にHPVワクチンを接種すると、社会的な経済損失を約190億円減らすと推計しています。
 
社会的な経済損失とは、がんになった場合の医療費や労働損失を指します。
ワクチンの費用を支出しても、がんになる人を減らすことで、差し引き得になるということです。


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HPVは性交で感染します。
思春期に接種する、ということは、感染する前に免疫をつけておくという意味です。
 
成人女性でも遅くはありません。
今野さんによると、臨床試験では、45歳までは予防効果が確認され、55歳までは安全性と抗体価が上がることが分かっているそうです。
 
ただし、ワクチンを打ったからといって油断してはダメで、がんを見逃さないよう検診もきちんと受けることが一番大切だそうです。

さて、シンポに来場された方から質問がありました。
今野さんの回答と併せて紹介しましょう。

Q:子宮頸がんの検診は何歳ぐらいまで受けたらいいでしょうか。上限はありますか?
A:不安があれば、ずっと受けてもいいと思います。ただ、これまで検診をきちんと受け続けて異常がない人でしたら、65~70歳で『卒業』してもいいと思います

Q:男性はHPVワクチンを接種しなくてもいいのでしょうか。
A:HPVは男性も無関係なウイルスではありません。しかし、男子にも公費で接種するとなると、費用が2倍になります。まず女子への接種を優先すべきでしょう。



<メモ>
HPVは実は、約100の型に分かれる幅の広いウイルスで、そのうち15種類の型が、がんの原因になる。
(下の図で、黄色で書いてあるウイルスの「殻」の特徴で型が決まる。現行ワクチンは、この殻部分を利用している。)

現在のHPVワクチンは、子宮頸がんの7割近くを占める主要な二つの型に対応している。
逆に言えば、残りの3割には予防効果がないことになる。
 
その弱点を補う「次世代HPVワクチン」の開発が、いま日本で進んでいる。
 
がんを起こす15の型に共通しているたんぱく質に注目し、ワクチンにしようという戦略だ。
(下の図の青いひも状の部分)
 
理論上では、15の型すべてに予防効果を発揮することになる。

国立感染症研究所が2年前に開発し、動物実験では高い効果が実証された。
 
武田薬品工業は先月、製品化を目指し研究を始めたと発表した。

この次世代ワクチンが完成すると、子宮頸がんに対し、より効果のある武器となりそうだ。


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出典
https://aspara.asahi.com/blog/emergency/entry/RUz9BLRMVO
アピタル 朝日新聞の医療サイト  ログインが必要です)




<関連サイト>
HPVのアジュバントと流産リスクの検討
http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/e9777dc84bce2b547cc413c52451f7f1

サーバリックス/Cervarix(HPVワクチン)  
http://www.futaba-cl.com/main03-cervarix.htm

新型インフルエンザ輸入ワクチンとHPVワクチンの副作用は不妊化?
http://enjyunokinositade.blog21.fc2.com/blog-entry-139.html

HPVワクチンの安全性についてのQ & A
http://www.pcaf.jp/category/1439481.html



<追加 2010.11.25>

妊娠中に子宮頸がん手術の女性、無事に出産

妊娠中に子宮頸(けい)がんと診断され、大阪大病院で今年6月、妊娠をしたまま子宮頸部の大部分を摘出する手術を受けた大阪府内の主婦(28)が25日午前、女の子を出産した。

通常は中絶が必要になるケースで、出産に至ったのは国内初という。

阪大医学系研究科の榎本隆之准教授によると、主婦は妊娠8週の健診でがんと診断された。
病巣は子宮頸部をやや越えて広がっており、子宮全摘出の対象だったが出産希望が強く、妊娠15週に「広汎子宮頸部摘出」という手術を行った。
妊娠37週のこの日に帝王切開で赤ちゃんが誕生し、母子共に健康だという。

この手術は、子宮頸部と周辺部を切除するが子宮本体は温存する新手法で、国内では270人以上の実施例がある。
対象は、病巣が2センチ未満などの条件を満たす患者だが、妊婦の場合、流産のリスクが高いほか、大きな子宮が手術の視野を狭めたり、妊娠で血管が膨満したりという危険もあり、ほとんど行われなかった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101125-00000418-yom-sci
出典 YOMIURI ONLINE 2010.11.25
版権 読売新聞社 



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