画像診断にIT活用

画像診断にIT活用、アルツハイマー・がん早期発見

コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)で撮影した画像をもとに病気を見つける放射線科の画像診断医。
日本はCTなどの機器の普及率が世界屈指の水準にあるものの、画像を読み解く専門医が大幅に不足している。
こうした状況を少しでも改善しようと、ITを活用する事例が医療現場で増えている。

「脳の萎縮を示す数値が高いですね」

埼玉医科大国際医療センター(埼玉県日高市)の核医学科。
M教授はアルツハイマー認知症の疑いで70代の男性を病院に連れてきた家族に説明した。
M教授が参考にするのは、エーザイ大日本印刷と共同で開発した同症の診断支援システムだ。


検出率9割超
アルツハイマー認知症にかかると、記憶を担う脳の海馬が顕著に萎縮する。
診断支援システムはMRIで撮影した患者の脳と標準的な脳の海馬の大きさを自動で計算して比べ、萎縮度を数値化する仕組み。
2月にリリースした新しいバージョンでは検出率は9割を超えるという。

認知症は生活に支障がでるほどの記憶障害など、症状での診断が義務付けられている。
診断支援システムで高い数値が出た場合は、簡単な質問で症状の重さを測る記憶力テストや、脳の血流検査なども組み合わせて、最終的に判断する。

アルツハイマー認知症の早期発見にはMRIの画像診断が有効だということは知られているが、訓練を積んだ専門医でもMRIの画像を見ながら手作業で海馬の面積を計算するには1例で1時間以上かかっていた。
専門医でなければ、「高齢者だから、ある程度海馬が萎縮していてもしょうがない」と見過ごされる場合も多かった。

診断支援システムを使った場合、数値化にかかる時間は10分程度だ。
M教授は「患者や家族にMRIの画像を見せるだけでは理解されにくかったが、数値で表すことで説明もしやすくなった」と話す。

CTやMRIを使えば、患者の体に負担が少ない検査が可能になる。
がんの放射線治療も技術の進歩が著しい。ただこれらを担う放射線科の専門医は足りておらず、機器があるのに、医師がいないという医療機関も少なくない。
機器の性能が向上し、撮影できる画像の数や種類が飛躍的に増える中、専門医の負担を軽減するためにITの活用が欠かせなくなっている。

静岡県立静岡がんセンター(静岡県長泉町)は富士フイルムと共同で、CT画像を使った肺がんの診断を支援するシステムを開発した。
過去に同センターが肺がんと診断した1000例の画像データベースから、人工知能を使って似た画像を検索し、似ている順に表示する。


理解深まる患者
肺がんは手術が可能な初期段階では症状がほとんどなく、手術に納得しない患者もいる。
システムの開発に携わった画像診断科のE部長は「ほかの患者の症例と比べることで患者の納得度が格段に上がる」と話す。
データベースに載せる症例は、患者のプライバシーを守るため、すべて匿名化しているという。

富士フイルムは今秋にも、医療機関への提供を始める予定。
E部長は「判断が難しい症例であっても、頼りになる同僚が常に隣にいるような感覚で診断できる」と期待する。

画像診断の専門医は都市部に集中し、特に東北地方に少ないなど地域的な偏在も大きい。
高速通信網が整備され、高画質の画像も一瞬で送信できるようになり、遠隔画像診断を使う例も増えている。

「明日までにこのCT画像を見てくれませんか」。
遠隔画像診断サービスを手掛けるドクターネット(東京・港)に、東京の診療所から依頼が持ち込まれた。
同社は契約している160人の専門医の中から、画像の種類や病気の部位などに応じて適任者を選び、送られてきた画像を転送。
診断リポートを作成し、注文通り、翌日の午前中、診療所に送り返した。

同社に持ち込まれる画像は月2000件以上。
契約医師は国内だけでなく、欧米など外国にもおり、時差を利用して迅速な診断を可能にしている。

M社長は「CTなどで撮影した画像の中には、専門医による診断がされないまま、放置されているものもたくさんある。遠隔診断がこうした問題の解消の一助になれば」と話している。

放射線科の画像診断医、育成強化は一部どまり
救急患者の状態を素早く診断したり、画像から適切な手術法や切除部位を判断して外科医にアドバイスしたりするなど、放射線科の画像診断医の役割は広がっている。
聖マリアンナ医科大(川崎市)は「画像に強い医師」を増やそうと、研修医に様々な診療科を経験させる中で、各分野の専門医から画像を診るノウハウを学ばせている。

放射線医学教室のN教授は「診断より治療が重視される風潮が続いていた。しかし技術や機器の進歩が注目されることで、放射線科医になりたいという人が徐々に増えている」と話す。
同大学の放射線科の志望者はこれまで年平均3~4人だったが、今年は8人が入った。

ただ、聖マリアンナ大のようなケースはまだ少ないのが実情。
診断医不足はデータの上からも明らかだ。

経済協力開発機構OECD)の「OECDヘルスデータ2011」によると、日本のCT普及率は人口100万人あたり97.3台とOECD加盟国平均の約4倍。
一方、厚生労働省の調査では、2010年時点の日本の放射線科専門医は画像診断医と放射線治療医を合わせて5597人で、全医師に占める割合は2%にとどまる。
米国は4万人の放射線科専門医がいるとされ、割合も6%と日本よりも高い。

日本医学放射線学会の理事を務めるS神戸大医学部付属病院長は「医療のベースを支えるのは診断。正確な診断がなければ、治療のレベルも下がる」と指摘する。
専門医を雇用すると診療報酬が加算されるようになるなど、国も専門医を増やす取り組みを始めたが、不足の解消にはまだ時間がかかりそうだ。(篤田聡志、鈴木碧)

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出典 日経新聞・夕刊 2012.4.26
版権 日経新聞