がんの告知

告知は治療の第一歩

がんの告知が一種のタブーだった時代があった。
たとえば肺がんは、肺にカビが生える「肺真菌症」と嘘の説明がされていた。
当時は「がん = 死」というイメージが今よりもずっと強くあった。
家族には告知をしても、患者本人にがんという病名を伏せたままにしておくことが
一般的だった。

しかし最近は、家族だけでなく本人に病名を告げるのが普通になっている。
背景には治療法が進歩し、がん全体で約6割、早期ならば多くのがんで9割以上治るようにな
ったことがある。
自己決定権や知る権利、個人情報などを尊重する意識が高まり、治療の開始に本人の同意が求められるようになってきたことも大きい。
 
実際、「がんになったときは知らせてほしい」という人が増えている。
2009年の民間の調査でも、自分ががんになったら「知らせてほしい」という人が約8割に達し,
「知らせてほしくない」はわずかにとどまった。
 
一方で、家族ががんになったら「知らせる」「どちらとも言えない」という回答が、それぞれ約4割に上っている。
自分自身が患者の場合は告知を希望しても、家族の立場になると、本人への告知をためらってしまう人が少なくない。

しかし、よい治療を受けるには、正しい情報を医療者側と共有しておく必要がある。
しっかりと説明を受け、自分でも情報を集めて、病状を理解しておくべきだ。
そのうえで、医師と相談しながら、自分自身の体調や価値観に従い、治療方法を選択したい。
 
そのためには告知は不可欠となる。
単に「肺がんです」といった病名告知を受けるだけではなく、がんのタイプや進行度、治療方針なども確認しておくべきだ。
ただ、若い医師の中には初対面に近い患者に「末期の膵臓がんで、余命は3ヵ月」などと乱暴な告知をする者もいる。
これでは、告知が「酷知」になってしまう。
 
告知を受けない権利も患者側にはあるので、自分の気持ちを事前に伝えておくとよい。
しかし、正しく知って、自分で治療を選ぶのが基本的な姿勢だということに変わりはない。
       (東京大学病院准教授 中川恵一先生)
出典 日経新聞・朝刊 2015.3.18(一部改変)


私的コメント;
はるか昔の医者になりたての頃、私も患者さんに面と向かってがんの告知をしたことはありませんでした。
患者さん自身も恐らく分かっていたと思うのですが、なんとか事実を隠そうとする医療側や家族に対して分からないフリをしていたのではないかと思います。
いわゆる惻隠の情です。
進行が遅いがんや完治が期待出来るがんでは特に告知は当然となって来ました。
5年ぐらい前の経験です。
当院から某病院泌尿器科に紹介した患者さんが、いきなり「あんた前立腺のがんだよ」と言われたとのこと。
昔なら家族を密かに呼んで説明していました。
しかし、本人へのいきなりの告知も今や当たり前の時代となりました。
時代は変わるものです。
がんの告知でひとつだけ覚えていることがあります。
「告知は難しいことではない。しかし、告知すれば医者の側にはさらなる人格が求められる。ある意味宗教者の役も担わなければいけないのだ」