O111が作るシガ毒素で重症化

ちょっと古い話題で恐縮です。

O111が作るシガ毒素で重症化

富山県福井県などで130人以上の患者が発生し、4人が亡くなった焼き肉チェーン店の食中毒事件。原因は、生肉に含まれていたとみられる腸管出血性大腸菌O(オー)111とO157だ。
重い中毒症状が起こるのは、これらの菌がつくる「シガ毒素」のせいだ。

イメージ 1



大腸に棲(す)む菌、という意味で命名された大腸菌
人間をはじめとする動物の腸内にいる常在菌だ。約180種類いる。

人の腸内に常在する大腸菌は、食物繊維の消化を助ける、人が作り出せないビタミンKを作り出すなど、人と共生している「善玉」だ。

ところが、牛の腸などにいる大腸菌の一部は人には「悪玉」で、下痢などを起こす。
総称して「病原性大腸菌」と呼ぶ。

そのうち腸などで出血を起こし、腎臓が働かなくなる溶血性尿毒症症候群(HUS)や、脳神経が機能しなくなる脳症の原因となることもあるのが腸管出血性大腸菌だ。約40種類ある。

大腸菌は、表面の糖鎖「O抗原」の構造の違いで、発見順に番号を振って分類される。
食中毒の原因として報告される腸管出血性大腸菌の70%前後はO157。
今回、多くの患者から見つかったO111は5%以下。

腸管出血性大腸菌は人の腸の細胞への感染の仕方からして違う」と宮崎大の林哲也教授(微生物学)は言う。
毒性のない大腸菌は腸管上皮細胞と緩やかに結合するだけだが、悪玉大腸菌は強く結合する。

仕組みはこうだ。
菌が注射針状のものを腸の細胞に突き刺し、「エフェクター」と呼ばれるたんぱく質約40種類を細胞内に送り込む。そして細胞を変形させて結合しやすい形にする。

エフェクターは細胞に炎症も起こすので、下痢が起こる。
さらに、HUSや脳症など重い症状が起こるのは菌が作る「シガ毒素」の仕業だ。


赤痢菌から大腸菌に移動
1970年代、アフリカミドリザル由来の「ベロ細胞」を壊すので「ベロ毒素」と命名された。
80年代になり、19世紀に志賀潔博士が発見した赤痢菌のシガ毒素と同じだと判明した。

シガ毒素は、赤痢菌から大腸菌に移ったと考えられている。
「毒素の遺伝子は、大腸菌本体のものではなく、菌に感染したウイルス『ファージ』によって運ばれる遺伝子だ。
ファージは紫外線などの刺激を受けると菌の外に出て、別の菌に感染する可能性がある」と国立感染症研究所(感染研)細菌第一部の大西真部長は説明する。

毒素には1型と2型がある。感染研の渡辺治雄所長は「一般的に2型の方が毒性が強い」と言う。
今回の中毒ではO111は2型、O157は1型と2型の両方を作る種類が多い。

毒素が侵入するのは、表面に「受容体」という、毒素とくっつく糖脂質のある細胞だけだ。

九州大の藤井潤准教授(細菌学)によると、受容体は腸管上皮や血管内皮、腎臓と脳神経細胞の周囲、肺の細胞などにある。腸や腎臓、脳が毒素で傷つきやすいのはこのためだ。

◇脳症の治療困難
「シガ毒素は強毒で、マウスに注射すると100%死ぬ。加えて、標的とする細胞への結合も強力だ」と同志社大の西川喜代孝教授(薬学)は指摘する。
シガ毒素は、一つが15の受容体にガバッとくっつく。
「結合力は1対1結合の場合に比べ100万倍強くなる」と西川さん。

ひとたび血液中に出た毒素は、素早く受容体に結合してしまう。
マウスの実験では、注射後5~10分以内に毒素は受容体に結合し、血中から消失した。

大阪労災病院の川村尚久小児科部長は「血便が出て腸管出血性大腸菌の中毒と診断された時点で、毒素はすでに受容体に結合している。その後からHUSや脳症は防げない」と言う。

HUSは透析などの治療法があるが、脳症はほとんど治療法がない。
川村さんは「生肉を食べないなど菌を体内に入れないことが重要だ」と強調する。

腸管出血性大腸菌が腸に常在する牛などが基本的に病気にならないのはなぜか。
動物衛生研究所の秋庭正人主任研究員は「牛の腸管では受容体がほとんど働いておらず、毒素が細胞に取り込まれない」と説明する。

牛にとっては「善玉」の可能性もある。
米の研究チームが、牛の白血病ウイルスに感染した血液細胞をシガ毒素がやっつけると発表している。

東京科学医療グループ・大岩ゆり、南宏美、熊井洋美


       ◇          ◇
《筆者の一人、大岩ゆりから》
焼き肉チェーン店の集団食中毒が発生し、これまでに4人もの方が亡くなりました。

腸管出血性大腸菌は、非常に巧みに人の腸管の細胞に感染します。
くっついた腸管上皮細胞に、注射針のようなものを刺し、自分のたんぱく質を送り込み、くっつきやすいように細胞を変形させてしまうというのです。
腸管上皮細胞に大腸菌が送り込むたんぱく質は、現在、約40種類知られているそうです。
これらのたんぱく質は、大腸菌が細胞に感染した直後は、周囲にいる他の病原体を排除して、周囲一帯に炎症を起こさず、自分たちが増殖できるような「静かな環境」を整えます。
ところが、ある程度増えたら、今度は細胞に炎症を起こすそうです。このため、感染した人は、腹痛や下痢が起こることがあるのです。

不思議なことに、大腸菌が作る毒素は、この「注射針」を通りません。
せっかく「注射針」を持っているのですから、毒素を直接、細胞に注入した方が、感染した相手をやっつけるには効率的だと思うのですが、そうはしません。
林哲也・宮崎大教授(微生物学)は、次のような仮説が考えられると言います。

「感染した相手をすぐにやっつけてしまうと、感染する相手がいなくなって、菌にとっても困るのではないか。一方、感染した人の体内である程度、増殖したら、今度はもっと別の宿主を探そうと、下痢などを起こし、便を介して外に出ようと、という戦略なのかもしれない」

知れば知るほど、恐ろしい病原体だ、と思えてきます。

出典 朝日新聞・朝刊 2011.5.16
版権 朝日新聞社



<番外編>

肉食女子、がんリスク1.5倍 8万人を10年調査

肉類を食べる量が多いと、結腸がんになるリスクが約1.5倍高いことが、国立がん研究センターの研究班の調査でわかった。
大阪や岩手、茨城、秋田、新潟、長野、高知、長崎、沖縄など9府県の45~74歳の男女約8万人を10年以上追跡した。
欧米より肉を食べる量が少ない日本では、これまで結腸がんと肉食の因果関係が不明だった。

研究班は、調査追跡期間中に結腸・直腸がんになった男性714人、女性431人について肉類を食べる量で5グループにわけ、がんの発生率を比べた。

すると、男性は、ハムやソーセージも含めた肉類全体の摂取量が1日約130グラムのグループは、20グラムのグループの約1.4倍、結腸がんのリスクが高かった。
女性は、牛肉や豚肉を1日約90グラム食べるグループは、約10グラムのグループの約1.5倍、結腸がんリスクが高かった。

出典 asahi.com 2011.11.28
版権 朝日新聞社


他に
井蛙内科開業医/診療録(4)
http://wellfrog4.exblog.jp/
(H21.10.16~)
井蛙内科開業医/診療録(3)
http://wellfrog3.exblog.jp/
(H20.12.11~)
井蛙内科開業医/診療録(2)
http://wellfrog2.exblog.jp/
(H20.5.22~)
井蛙内科開業医/診療録 
http://wellfrog.exblog.jp/
(H19.8.3~)
(いずれも内科専門医向けのブログ)
「井蛙」内科メモ帖
http://harrison-cecil.blog.so-net.ne.jp/
(「井蛙内科開業医/診療録」の補遺版)
葦の髄から循環器の世界をのぞく
http://blog.m3.com/reed/
(循環器専門医向けのブログ)
「葦の髄」メモ帖
http://yaplog.jp/hurst/
(「葦の髄から循環器の世界をのぞく」の補遺版)
があります。