聴力の衰え感じたら

こんなときは病院へ 動脈硬化疑う場合も

電話で相手の話が聞き取れず、何回も復唱させられた。誰でも経験することだが、頻繁に起こるようなら耳鼻咽喉科で相談した方がよい。
視力と比べて聴力の低下は自分では気づきにくいからだ。

モスキート音をご存じだろうか。
17キロヘルツという高い周波数の音のことで、若い人には聞こえるが、加齢とともに聞こえなくなるため、若者向けの携帯電話の着信音などに使われている。
このように人の聴力は年齢を重ねると衰えるものだが、その変化に個人差が大きいことが分かってきた。

国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の認知症先進医療開発センター予防開発部では体の加齢現象についての大規模な調査を行っている。
約6万5千人を対象に加齢にともなう聴力の変化を調べた研究報告(1997年)によると、人間の聴力は20代までは安定しているが、30代以降少しずつ衰え、60代で衰えが加速するケースが多かった。

さらに今年6月の日本老年医学会学術集会では、60代の3人に1人が難聴と診断されるまで聴力が低下していた半面、70代でも目立った衰えのない人が4割いたという報告があった。
予防開発部の下方浩史部長は「聴力低下は個人差が大きい。しかも少しずつ衰えるために気づきにくい」と話す。

3日以上の異常は受診を
聴力の異変は健康診断でも見逃されやすい。
企業などの定期健康診断の聴覚検査は、1キロヘルツ、4キロヘルツの2つの高さの音だけを調べる場合が多く、聴力低下のサインを捉えられない場合もある。

しかも第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部が50~74歳の1000人に行った意識調査の報告(2002年)によると、女性や無職の人では、1年以内に聴力検査を受けた人はおよそ4分の1にすぎなかった。調査を行った水野映子主任研究員は「高齢者ほど聴力低下が生活の質の低下に結びつくのに、自分の聴力について知る機会が少ない。もっと気軽に聴力検査を受けてほしい」と話す。

聴力の加齢変化に詳しい神尾記念病院(東京都千代田区)の神尾友信院長は「とくに自分で音の聞こえ方に異変を感じたとき、早めに検査を受けることで、深刻な聴力低下を防止できることもある」と話す。

例えば高い音から聞こえにくくなったときに起こるのは音の「明瞭感」の低下。
言葉の子音が聞き取りにくくなるため、電話で相手の言うことを聞き間違えたりする。
居酒屋や繁華街などで相手の話が聞き取りにくくなるといった症状も表れる。

逆に、低音域から聞こえにくくなる場合もある。
代表的なのがメニエール病だ。
ストレスなどが原因で内耳のなかにリンパ液が過剰にたまる病気で、めまい、耳鳴り、難聴が主症状。
主に低音域の聴力が下がるため「自閉感」が強くでる。

このほか「少人数で話しているのに声が頭に響く」「得意だった英会話で相手の話が分からない」などといった症状も要注意だ。
神尾院長は「聞こえの異常が3日以上続くときは、すぐに耳鼻咽喉科で相談してほしい」と話している。

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聴力低下に早く気づくことは、さらなる聴力低下を食い止めることにつながる。
例えば、聴力低下の原因のひとつが高血圧、糖尿病など生活習慣病がもたらす動脈硬化だ。
内耳のなかには音を感じる繊毛細胞が無数に存在するが、血流不足がこれらの細胞を死滅させることが知られている。

認知症改善も
長寿医療研究センターの下方部長は「調査の結果、女性は動脈硬化の原因となる喫煙を続けている人ほど聴力が低下する傾向があった」と話す。
聴力低下をきっかけとして生活改善を図りたい。

また神尾院長は「これまで高齢者のコミュニケーション能力の低下は、脳全体の機能の低下が原因だと考えられてきたが、聴力の低下の影響がこれまで考えられてきた以上に大きいことも分かってきた」と話す。
初期の認知症と思われていた人の症状が、補聴器などで聴力を取り戻すことで改善されるという。

健康な人生を送るために聴力低下の早期発見と早期治療の重要性が増しているといえそうだ。

◇            ◇

精密検査は防音状態で
定期健康診断は周波数で1キロヘルツ、4キロヘルツの高さの聴力を調べるだけのことが多い。
8キロヘルツ以上の高い周波数や低音域の異常などを精密に検査するには、防音状態で7つ程度の周波数を調べる「純音聴力検査」を受ける必要がある。

こうした検査は、将来聴力低下が進んで補聴器をつける場合にも大きな役割を果たす。
最近のデジタル補聴器は自分の耳に合わせて周波数ごとの調整が可能だからだ。

現在、補聴器の使用には眼鏡のような医師の処方箋は必要ないが、日本耳鼻咽喉科学会では検査データに基づいて補聴器選びをサポートする「補聴器相談医」の認定制度を設けている。
家族が補聴器を使いたがらない場合、耳に合っていないことが多いので認定医に相談するといい。
(ライター 荒川 直樹)

出典 日経プラスワン 2011.11.26(一部改変)
版権 日経新聞



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