脳卒中リハビリ進歩、脳に磁気

脳卒中リハビリ進歩、脳に磁気+訓練で効果

脳卒中を発症してから半年たつと、マヒした手足の機能を大きく回復させることは難しい」という従来の“常識”が変わりつつある。
頭への磁気刺激の後、集中的に作業療法をしたり、手足を動かす神経や筋肉を刺激して神経回路の興奮を高め楽に動かせるようにしたりするリハビリテーション手法がマヒの改善に効果を上げている。
ロボット技術を使って歩行の機能を高める取り組みもある。

■磁気刺激療法
東京都文京区の自営業、小宮美都子さん(77)が、自宅で脳梗塞を発症したのは2009年1月。左半身にマヒが残ったため、同年7月から東京慈恵会医大(東京・港)リハビリテーション科外来に通い、月1回リハビリを続けてきた。

足の機能は徐々に回復したが、左手の機能はなかなか戻らず、昨年12月に2週間入院して「NEURO(ニューロ)」治療を受けた。
「経頭蓋磁気刺激(TMS)」で手足を動かしやすい状態にして集中的に作業療法を行う方法で、同科の安保雅博教授が考案、08年4月から始めた。

手順はこうだ。
8の字形のコイルに電流を流して磁場を発生させ、頭に当てて脳の神経細胞を刺激するTMSをまず20分。
その後マヒの程度に合わせた作業療法と自主訓練を各1時間。
これを午前と午後に行う。

「手足の運動機能を司る大脳は、左右の脳が助け合って働いているが、どちらかの脳が脳卒中などで損傷を受けると、バランスが崩れて正常な脳が障害のある脳の働きを過剰に抑制して、損傷を受けた脳の機能回復を妨げてしまう」と安保教授。
「磁気刺激で正常なバランスに戻した後にマヒした手指を動かす訓練をすると、病巣周辺の部位が活性化して機能を代償するようになる」という。
退院した小宮さんは「動かなかった左手に力が入るようになり、台所仕事もできるようになった」と喜ぶ。

「全身状態が良好で認知症うつ病でなく、少なくとも親指、人差し指、中指の3本の曲げ伸ばしができる、などの基準を満たせば発症から数年たった患者もニューロ治療の対象になる」と同教授。既に総合東京病院(東京・中野)や相沢病院(長野・松本)など全国8病院で700人以上が受け、7~8割で症状が改善したという。


■促通反復療法
鹿児島大霧島リハビリテーションセンター(鹿児島県霧島市)の訓練室。
川平和美教授が東田健三さん(仮名、55)の手を取って、二の腕や手のひらをさすって刺激。
こわばって動かない指を1本ずつ伸ばす施術を数分続けると、東田さん自身で指を伸ばせるようになり、親指と人さし指で輪を作る器用な動きも見せた。
開発者の同教授の名前をとって「川平法」と呼ばれる促通反復療法だ。

川平教授の説明によると、脳卒中で脳の神経組織が壊れると、運動機能を司る部分から出た電気信号が遮断され、これが手足のマヒを引き起こす。
「動かそう」とした瞬間、その動きを実現する筋肉を施術者が刺激することで、別の神経回路の興奮が高まり、信号がその神経回路を伝わる。
これを繰り返すことで、効率よく回路が強化され、楽に動かせるようになる。
電気や磁気、振動による刺激を併用するなどして効果を高めているという。

05年9月に脳出血を発症した東田さんも「これまでの別の施設でのリハビリはあまり効果がなく、顔も洗えない状態だったが、今年1月からここで川平法を受けて手や指がよく動くようになった」と話す。

「発症後平均1年以上経過した患者20人を対象に、リハビリ前後で手を使って作業をする能力をテストしたところ、点数が大幅に伸びたほか、客観的な無作為比較試験でも通常の作業療法より改善した」と川平教授。
手技には高い技術が必要なため、「センターには全国からリハビリ医や理学療法士が研修に訪れ、年6回のペースで各地で研修会も開いている」という。

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歩行・バランス練習、ロボットの活用も
藤田保健衛生大(愛知県豊明市)はトヨタ自動車と、医療・介護支援用ロボット「歩行練習アシスト」や「バランス練習アシスト」を開発、実用化に向け研究している。

「歩行練習」は、並行して開発した「自立歩行アシスト」をリハビリに応用。
患者がマヒした足に装着して、低速のウオーキングマシンの上を歩くと、膝の角度や足裏にかかる体重をセンサーが検知して膝部分のモーターが作動、膝の振り出しを助ける。
「膝の曲げ幅や速度、膝を支える度合いを調整できるので、患者の機能回復に応じた訓練ができる。
センサーの情報をモニターすることにより訓練の成果を確認できるのも特長」と才藤栄一リハビリテーション科教授は語る。

また「バランス練習」は、2つの車輪がついた立ち乗り型移動支援ロボットで、患者が乗り、体重のかけ方により前後左右に動く仕組み。
「マヒにより体のバランスが悪い患者が、画面に映し出すテニスやサッカーなどのゲームを楽しみながらバランス能力を改善できる」(平野哲助教)。
発症から平均3年たった9人に、週2回(1回20分)4週間試したところ「患者の多くで下肢の筋力が向上し、バランス機能テストの点数が上がった」(同助教)という。

「ロボットの活用や促通反復療法など、患者に合わせてリハビリ手法を選択していくのが、これからの治療の流れになる」と才藤教授は話している。 (今井孝芳、 編集委員 木村彰)


脳卒中後のリハビリ
脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりする疾患の総称で、大きく脳梗塞脳出血くも膜下出血に分かれる。
患者は全国で133万9千人(08年)と推計されている。
 
発症して一命をとりとめても、一時的に十分な血液が脳に供給されなかった影響などで手足のマヒや筋肉のつっぱりなどの後遺症が残り、介護が必要になるケースが多い。
厚生労働省の調査では、10年に要介護となった人の21.5%が脳卒中が原因。
最も介護の必要度が高い「要介護5」では33.8%に達している。
 
発症直後の治療を終えた脳卒中患者が、社会復帰のため集中的に機能回復訓練を受ける「回復期リハビリテーション病棟」が2000年の診療報酬改定で創設され、常勤のリハビリ医のほか、理学療法士作業療法士、看護師らでつくるチームが専門的なリハビリを実施している。
しかし、6カ月を過ぎるとリハビリの効果が落ち、機能が回復しにくいといわれてきた。

出典 日経新聞・朝刊 2012.2.16
版権 日経新聞