腱鞘炎

「パソコン作業を続けていたら、指を動かしにくくなった」「大量の資料をホチキスでとじていたら、手首が痛くて物をつかめなくなった」――。
これらは日常生活でよく見られる手首や指の腱鞘炎の症状だ。
早めに対処しないと悪化するやっかいな病気でもある腱鞘炎。
予防と対策はどのようにしたらよいか。

パソコン・スマホで腱鞘炎
■他の動物とは異なり手で道具を自在にあやつる人間にとって、腱鞘炎は宿命的な病気ともいえる。
15世紀に近代印刷が登場するまで、多くの本は写本師による手書き文字で作られていたが、その職業病として腱鞘炎の症状があったと伝えられている。

現代社会で、手や指を酷使するのはIT機器だ。
患者全体では中高年が多いが、若い人では長時間のパソコン作業による腱鞘炎が増えている。
画面が大きいスマートフォンスマホ)を親指で操作する人の場合は、親指だけに症状が出ることもあるという。

ホルモンが影響
■患者は女性に多い傾向があり、出産や更年期などでホルモンバランスが変化することが原因と考えられる。
しかも、出産後の女性は授乳や入浴などで常に乳児の頭を手首で支えなければならず、更年期の女性は家事に親の介護などが加わり、腱鞘炎を発症しやすい。
 
■腱鞘炎は、手指を動かす体のメカニズムと深く関わっている。
それを理解することも予防と対策には重要となる。
 
■まず、体を動かすとき筋肉の収縮を骨に伝えるのが腱という組織だ。
複雑な動きをこなす手や指にはたくさんの関節があり、それぞれ細長いヒモのような腱がつながっている。
そして、指を動かすとき、この腱が骨から浮き上がらないよう、筒状の留め具の役割をしているのが腱鞘だ。

■腱鞘内には腱の動きをスムーズにする滑液が分泌されているが、手や指の使いすぎによって腱と腱鞘がたえず擦れ合うと炎症がおきて腫れ、腱の動きが悪くなると同時に痛みを生じる。
 
■指の根もとなどにある腱鞘と腱に炎症が起きて重症化すると、曲げた指を戻すときに途中でひっかかり、バネのようにカクンと指が動く「ばね指」という状態になる。
 
■また手首の親指側にも太い腱鞘があり、この場所で炎症が起こると、手首を曲げたり物をつかんだりすると痛みを生じる「ドケルバン病」の状態になる。

■大切なことは手や指のトラブルに早く気づくこと。
早期であれば、手を休めたり、腱や腱鞘に負担のかからない動作を心がけたりすれば自然と治る。
パソコンでは、前かがみでひじを深く曲げたり手首より先を上に持ち上げるようにしてキーボードを打ったり、反動をつけて強くキーをたたいたりすると腱鞘炎になりやすい。背筋を伸ばしてゆったりひじを伸ばした状態でキーを打つといい。

手術で治療も
■また、ゴルフをやる人にも腱鞘炎が多い。
原因は細いグリップを力いっぱい握りしめること。
太めのグリップに変えるようアドバイスすると症状が軽減することもある。

■このほか握りやすい道具を選び、作業台の高さを調節するなど、日常生活にも手や指の負担を減らすヒントはありそうだ。
 
■それでも症状を悪化させてしまったら早めに整形外科へ。
軽症では炎症を鎮める塗り薬、貼り薬が進歩しているほか、かなり症状が進んだ場合でもトリアムシノロンというステロイドを局所に注入する治療で回復できるようになった。
薬物治療に並行して、休憩時や夜間に手や指の関節を固定する「スプリント」と呼ぶ装具を装着し、炎症の回復を早める治療も有効だ。
 
ステロイド治療で効果が得られにくい人、授乳中の人などステロイドを使えない人の場合は、手術で治療する方法もある。
腱鞘の一部を切除し、腱の動きを改善する手術治療が普及している。
有効性が高く、術後の再発も少ない治療法だ。

増える「手外科」の専門医
■手や腕の病気は腱鞘炎のほか、テニス肘、野球肘、五十肩などの関節周囲の病気、手のしびれの原因となる手根管症候群などの神経の病気、交通事故による外傷など様々だ。
 
■整形外科のなかでも、こうした手の病気を専門に扱うのが手外科(てげか)だ。
かつては大学病院や地域の基幹病院など大病院の整形外科にしか専門医がいなかったが、最近では手外科専門医でありながら開業している医師も増えている。
日本手外科学会のホームページ(http://www.jssh.or.jp/)では、手の症状で悩んでいる人のために、手外科専門医のリストを公開している。


<関連サイト>
代表的な手外科疾患
http://www.jssh.or.jp/ippan/sikkan/pdf/1shukon.pdf



手の腱鞘炎の症状
指(ばね指)
曲げた指を真っすぐに戻すとき、関節にひっかかりや痛みを感じる
手首(ドケルバン病)
親指を撞りこんで小指側へ傾けるとき、手首に痛みや炎症が起こる
 
こんな人はご用心
●パソコンやスマートフォンを長時間連続して使う人
●ゴルフやテニスに夢中になる人
●ピアノやギターの練習を長時間する人
●料理で手首や腕に長時間負担がかかる人 
●出産後の女性や更年期の女性
●糖尿病を患っている人

パソコン作業は背筋を伸ばして
●パソコン作業は背筋を伸ばし、腕がリラックスした姿勢で
●ひじを左右に曲げたり、手首を上に返したりした姿勢だと筋肉や腱に負担がかかる
●長時間の連続作業をしない。手に違和感を感じたら休憩を 
●休憩時には腕や肩などのストレッチをする


出典  日経新聞・朝刊 20143.8.31