遺伝子操りワクチン改良

遺伝子操りワクチン改良 多種ウイルスに対応 副作用抑制

この冬のインフルエンザのように、人類は常に発熱などをもたらすウイルスの感染に脅かされている。
ワクチンの接種は有効な予防法だ。
最近、ウイルスの遺伝情報をもとに、より効果の高いワクチンを作る新手法が広まり成果が出始めた。
流行するどのタイプのウイルスにも対応でき、副作用の少ないワクチンを作れるようになると期待されている。

「研究室で開発した新しいロタウイルスです。わずか3日でこんなに増えました」。
大阪大学微生物病研究所(阪大微研)の職員が培養器を示しながら解説する。
ロタウイルスは乳幼児に下痢や嘔吐、発熱を起こす。
重症になると死亡することもある。
毒性を弱めたウイルスで作るワクチンはあるが、全てのタイプに対応していない。
ワクチンが効かないタイプの流行が怖い。
まれに発生する副作用も課題だ。
異なる地域で流行しているどのタイプにも対応でき、副作用のないワクチンを素早く作れないか。
ロタウイルスの遺伝子を改変して培養すれば可能だが、人間など動物の遺伝子とは異なるRNAでできていて効率よく改変し培養する方法がこれまでなかった。

阪大微研ではRNAでも動物の細胞内でDNAと同じように働く手法を開発し、動物細胞内でウイルスを作らせる戦略を立てた。
ウイルス合成を促すたんぱく質を利用するなどの工夫を凝らし、2017年にハムスターの細胞で実験に成功した。
起こす症状を調節できるウイルスの作成や、ウイルスの増殖の仕組みを解明する研究に道を開くと期待を寄せる。
ウイルスを細胞内で作らせるこの手法は「逆遺伝学」と呼ばれる。
基礎研究用には知られていたが、東京大学が1999年にインフルエンザウイルスの開発に応用し、ワクチン分野で一躍脚光を浴びた。

遺伝子を安く高速で解読できる時代を迎え急速に広まり、ポリオやデング熱、ジカ熱などのウイルスでも使われている。
東京大学では15年、この手法で従来の220倍の速さで増えるインフルエンザウイルスを作った。
インフルエンザは世界で毎年25万~50万人の命を奪い、新型が流行すると被害は大きくなる。
1918~20年に世界で大流行したスペイン風邪では日本だけで約40万人が亡くなったとされる。
ウイルスを早く増やせれば、ワクチンを流行後すぐに量産し、まん延を防げる。
病原性の高いインフルエンザはいつ流行してもおかしくない。
東京大学では「対応できる効果の高いワクチンを作りたい」と話す。
複数の企業とワクチン開発を検討中だ。

現在全くワクチンのないウイルスに対し、ワクチンを作り出そうとする研究もある。
北里大学が狙う相手は、下痢を起こすノロウイルスだ。
ノロウイルスは細胞への感染や増殖の仕組みに不明なことが多く、ロタウイルスやインフルエンザウイルス以上に培養が難しい。
北里大学はウイルスのRNAをDNAに変換し、ヒトやサル、ネコなどの細胞に入れる実験を繰り返した。
細胞内でノロウイルスができる段階までたどり着き、このウイルスがヒトの細胞に感染するのかどうかを確かめている。
手洗いや消毒、流行時のマスク着用といった対策しかないノロウイルスに、有効なワクチンが誕生するかもしれない。

18世紀末に英国の医師ジェンナーが開発した天然痘予防接種法がワクチンの始まりだ。
ワクチンを接種すると、自然に病気にかかるのとほぼ同じ免疫力が付く。
現在、生きたウイルスや細菌の毒性を弱めた「生ワクチン」、毒性のない細菌などの一部分を使う「不活化ワクチン」、細菌が作る成分の主要部を取り出して毒性を無くした「トキソイド」の3種類が主流だ。
ただ、感染した人のウイルスを調べ流行しているタイプを判定するのに時間がかかる。
生ワクチンでは副作用が起きることがあるし、不活化ワクチンでは予防効果が低い場合もある。
研究者は、新手法で開発するワクチンで従来ワクチンの課題を解消しようと考えている。

逆遺伝学の研究にはテロに悪用される懸念や予期しないウイルス誕生に対する不安などが一部にある。
研究者も社会で受け入れられるよう準備し「訓練を受けた専門の職員が生体認証で管理された厳重な施設で研究し対策は万全」(東京大学)と付け加える。
日本ではワクチンに対する信頼度があまり高くない。
ある研究者は「副作用に対する警戒心が大きな原因」と指摘する。
ワクチンの利点と課題について理解を深める必要がある。

逆遺伝学 HIVなど相次ぎ作製
細胞の核の中にある遺伝子の配列を調べ病気につながる異常な場所を探すのが遺伝学の順当な手法だ。
これに対し遺伝子の配列を人工的に作り替え、細胞にウイルスなどを作らせる手法を逆遺伝学と呼んでいる。  
 
逆遺伝学は、細胞へ遺伝子を導入する技術の進歩と共に登場した。
初期に作られたのがポリオウイルスだ。
1980年代に流行し社会不安を引き起こしたエイズウイルスも作られた。
東京大学は8種類の遺伝子をもつインフルエンザウイルスを作り、世界を驚かせた。
 
エボラ出血熱やジカ熱、新型インブルエンザなど、世界的な流行が懸念される新しい感染症は多い。
逆遺伝学がワクチン改良の切り札になる。

参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2019.2.3


参考
人工のウイルスを使ってワクチンを改良する
https://wsnoopy.wixsite.com/mysite/blog/untitled